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    1-2人造人間
    ■1ー2.人造人間

     電圧不足による停電は月に一度は起こるようになっていた。
     停電が起きる度に衛星携帯電話に知らせが届くのだが、その警報に起こされる事にも慣れてきた。
     電圧が安定したら必ず主電源に戻るので、この日もミオに必要な作業は計器類の点検と見回りだけだ。
     シェルターの老朽化は深刻だったが、助成が見込めない以上仕方の無い問題でもあった。
     そもそも施設に関する重要な決定は中央にあるので、それ以上の事はここでは出来ない。
    「嫌な目覚めだね……」
     ミオは携電話の表示を見て、電源を切った。
    「こんな大きな音がしても、寝てられるなんて尊敬するよ」
     ミオはソファから起き上がり、自分の着替えを出すとテーブルの上に置いた。
     ベッドをシュンリに貸して以来、ミオはソファで寝起きしている。
     この部屋の隣にもう2部屋同じ広さの部屋があるが、そこを彼の病室にするわけにはいかなかった。
     大分前からラジエーターは壊れているし、ここよりも日陰で冬夜のような期間には凍えてしまう。
     かといって自分が隣の部屋へ移動する気にもなれずこの状態だ。
     ソファで寝起きするのは身体にはよくないらしく起きたら身体のどこかしら痛いのだった。

     外はまだ少し暗い。
     ベッドサイドの椅子に腰かけるとミオはシュンリの顔を覗き込んだ。
     いつまでも眺めていたくなるほど、落ち着いた優しい寝顔。

    (この人は、どんな人間だったのだろう)

     ミオは彼の瞼に触れ、その目を開かせた。
     昔、コーデリテでは珍しくなかったという金髪と金目を持つ「オーロ」の人間。
     現代では彼らは病気をいくつも持って生まれてくるため快適な都市部で暮らしている高齢者くらいにしか見かけない。
     ヤール曰く「オーロ」という語源は悪魔の遣いという意味があり、
    中世の時代は霊山の形に見立てた槍で心臓を突き殺していたという。
     そしてもう一つ、コーデリテ・オパールという言葉がある。
     コーデリテ(国)のオパール。
     それは単に器量に優れた人や、美しい瞳を持つ人間のことをあらわす言葉だ。
     だが、そちらのことばの由来もオーロにあるらしい。
     あの霊山ではかつて金色のオパールが稀に採掘されていた。
     そのオパールは、オーロ達の浄化された魂の結晶だという伝記から来るものであるようだ。
     コーデリテの首都クロノザは、その霊山の麓の首都。
     今は「中央」と呼ばれている国内最後の都市だ。

    「そういえばね……昔近くに住んでたキリおばあちゃんの初恋の人、オーロだったんだって。
    だけど生まれつき体が弱くて、あなたくらいの年に死んじゃったんだって。
    だからずっとシュンリと会ってみたいって言ってたよ」

     現在のところ、オーロは単なる遺伝性の眼病だ。
     処置が無かった時代では、視力の弱い人間は働き手になれず、口減らしのために殺されてきた。
     彼の時代では生まれた直後に手術を行う事で視力の低下を防ぎ、何も健康に問題を抱えることなく暮らせたようだ。
     しかし、最近では様々な疾患を併発し小児期に亡くなるケースが殆どだ。
     その傾向が現れたのも人が増える力の弱体化が顕著になり人口がさらに減り始めた50年ほど前からだそうだ。
     都市部に生き残るオーロの者に高齢者が多いのはそれが理由だ。

    「ここで着替えちゃうね……」
     ミオは小さく呟くと寝間着の上下を脱いだ。
     彼は起きない、そうわかっている。
     なんとなくの思いつき、出来心だ。

    「早く起きないと……いたずらしちゃうぞーっ」

     ミオはシュンリの上にまたがってみた。
     想像以上の背徳心に胸が潰れそうになる。
     なんて馬鹿な事をしているんだろう。
    「うあーっ、ごめんなさいっ、やっぱ起きないでっ」
     ミオは着替えを抱えてベッドから降りた。
     いつか、彼に対して罪悪感が無くなってしまう日が来るのだろうか。
     それだけはいけない。
     自分はこれからも片思いを続ける介護人でなければいけない。

    「それでもいい……」

     さざ波の音の合間に、呟きが反響した気がした。
     ミオはいつもの制服に着替え、エプロンをつけた。
    「体拭くね。寒いのに汗めちゃくちゃ掻いてるよっ」
     遠い過去、まさに彼が生きていたような時代から人口減少の問題はあったという。
     しかし今より深刻だったのが介護の人手に関する問題だ。
     丁度三年前に亡くなったテトゥル住人の一人のお婆さんは、その死の数週間前までは矍鑠としていた。
     ミオはその頃まだここで働いていたヤールと共に彼女の生活の手伝いをしていた経験があった。
     それが無かったら、こうも落ち着いて一人の人間の世話など出来なかったと思うのだ。
     ミオはなれた手つきでシュンリの上着を脱がし、タオルで身体を丁寧に拭いていく。
     最近気がついたのだが、彼の左胸には何か尖ったもので突かれたような4つの傷跡がある。
     ヤールによると、150年前にはまだ残っていたオーロの通過儀礼のようなもので負ったものではないかとの話だ。
     書斎にあった本にはヤールの言った通り、5才を迎えた子どもが槍で突き落とされ殺されるかわりに
    山へ参り祈祷を受けて下山するなど簡略化された儀式が残っていたと書いてある。
     たが、子どもに傷を負わせそれが儀式の終わりなどという事はどこへもかかれていない。
     シュンリの傷はそれとは関係あるのだろうか。
    「また少し、痩せた……? このままじゃ本当に歩けなくなっちゃうよ」
     彼が冷凍睡眠から解かれて二週間が経とうとしている。
     ここに最初に連れてきた時にミオが最初に驚いたのは、彼が意外と筋肉質だったという事だ。
     それこそ、本物の彫刻のようだと思ったのだ。
     男の裸など見慣れないから純粋にそう感じただけなのかもしれないが。
     そんな身体が日に日に痩せ衰えている。
     中央の医師達がミオに渡した点滴のセットには筋力減退を抑制する類のものであったが、効果があるのかはわからない。
     ミオの支えを失うと、弛緩しきった腕は人形のようにぱたりと落ちる。
    「身体が熱いね」
     ミオは体温計を出し、彼の腋にはさんだ。
     35度から6度台を行ったり来たりしていた彼の体温が今日は37度になっている。
    「……どうしよ、風邪引いたのかな。今日は昼には戻る。なんか、シェルターまた停電したみたいなの。
     それまでに熱が下がってなかったらヤールさんに連絡してどうすればいいか聞いてみる。ごめんね」
     ミオは手紙を出窓に置くと手を振り、部屋を出た。
     戸を閉めた所で、ミオは思い立って再び部屋に入った。
    「ここに居たい。サンドイッチ作って、海まで出て、そうだ、ラジオも持っていって、堤防つりとかするのどう?
    そしてね、暗くなったら桟橋で松明燃やして、一緒にお仕事するの! 燃え尽きるまで一緒に水平線が消えていくの
    を見て、その後はバーベキューでもしよう。採れたお魚とか焼いて。そうしようね」
     彼は何も返さない。
    「……干潮の街は、一昨日まで人が住んでいたように見えるほど綺麗に残っているんだよ。
    それが沈んでいくのを見るのも悲しくて素敵なの。ウイスキー工場はヤールさんの許可が無いと入れないけど、
    中は意外とつかえそうなんだよ。だから世界の果てツアーの一押しスポットから案内してあげる。
    その後は虫食いツアーなの。食べれなくてもいいよ。こっそりサンドイッチに混ぜて美味しいって
    言わせてやるんだから。……その後はもうわからない。あなたに任せるよ。どこか行きたい場所がある?
    もうこの辺には何も無い。ねえ、何を考えていたの? あなたは150年後の世界に何をかけたの?」
     ミオはシュンリの髪を撫でた。
     明るくなり始めた陽に金髪が輝く。
    「女性棟に綺麗な人が何人か居るよね。その中に、恋人とか居るのかな……。その人も生きてるといいよね」
     ミオはため息をついた。
    「……やっぱり泥棒なんて、出来ないよ……」



     朝の日差しは眩しく、汗を掻くほど暑かった。
     来週からしばらく「冬夜」と呼ばれる冬のような気候に変わるはずだが、そんな寒さなど想像出来ないほどの陽気だ。
     ヤール曰く、昔のコーデリテは常冬の国で、暖かな気候は無かったという。
     この家をはじめ、この地域に残っている古い家の殆どには二重窓やラジエーターなどの暖房設備が備わっている。
     環境が大きく変わったために、この地に生息していた熊などの野性動物の生態も変わり、年中みられるようになった。
     温暖になった事で過去には見られなかった動物や植物も増え、一見豊かにも見えるが例の戦争時代以降このような
    大きな変化をきたしてしまったのだ。
     冬夜の周期は、かつてのこの地では普通だった姿を自然が取り戻そうと足掻いているようでもある。
     冬夜のだいたい一週間前から徐々に昼と夜の寒暖差が激しくなり、着るものには注意が必要だった。

     ミオはベルトにカラビナ付きの衛星携帯電話に熊避け鈴、そして拳銃にナイフを装備した。
     山で生き延びる最低限のものだが、幼いときからヤールにきつく言いつけられてきた。
     実際に熊と遭遇した事も山で怪我をした経験も幸いミオには無かったが。
     ミオは起毛性のジャージの上着を腰に巻き、スクーターに乗った。
     ふと、歴史書の事が思い出される。
     大昔、北の山の向こうに原子炉衛星が落ちた。
     戦争が始まった同じ頃だったというが当時はそんな争いや、よくないニュースや終末論を唱える預言者の
    出現などに、世界中の人が翻弄されたという。
     そして、経済力のあった者たちはシェルターで生き延びる事を選んだ。
     150年も経ち世界は落ち着きつつある、というより落ち着かないまま人が減っていき色々な
    争い事が終息したといった方が正しい。
     今年に入ってからも、いくつの街が地図上から消えたかわからない。
     最寄りの街、トコリで毎年催されていた夏寄席も年々人が集まらなくなった。
     楽しみだった寄席芸人もこなかった。
     自分かその次の世代で本当に終わりが来るのかもしれない。
     もしもシェルターの人たちが生きて目覚めたら、世界は変わるだろうか。
     それとも、「シビラ教」の唱えるような災いをもたらしてしまうのか?
     ミオはまだ不安だった。

     遠い時代から身分や、見た目の違いによる差別や偏見は大いに存在してきた。
     シュンリのようなオーロもその一つだった。
     だが、その長い歴史を見てもミオのような存在は、それとはまた違った異質さを放っている。
     過去の大気汚染の影響で、人は生殖能力を弱めてしまった。
     これが戦後どんどん人が減っている大きな理由だ。
     それを食い止めるために生み出されたのが、生殖能力を持つ人造人間だ。
     現在この地球上に生きている人間の全ては、人造人間の力を借りて生まれてきた。
     ミオは人造人間の世が始まって以来、5世代目と呼ばれる部類だ。
     人が力を取り戻すまでは、この先数世代は人造人間の力が必要だといわれているが、近年では人造人間を介さず
     自然出産を試み、成功するケースも少数ではあるが報告されているらしい。
     簡単な治療でそれが可能となるのではとの研究も出てきた。
     とはいえ、ここ100年の「人間」の世は人造人間の力なくしては成り立たないままなのだ。

     人造人間はどこかから普通の人間と同じく赤ん坊の状態で出荷され、
    十歳くらいまでの間は出産を一度終えた人造人間が育てる事になっている。
     それ以降、市場に出されるまでの間は中央クロノザにある人造人間の養成所である国立人造養成学校の寮に入り、
    義務教育を修める決まりとなっている。
     子供の人造人間を育てることを選んだ者は人目を避け地方へ移り住み、そこで一生を終える。
     ミオの「母」もそうだった。
     二人は血のつながりなど無い形だけの親子だ。
     そうしてミオは養成所で、はじめて自分を取り巻いていた「仕組み」を知った。
     母がいつも暗く、どこか自分とうまく関われずに居た理由もはじめて知ったのだ。 
     もうテトゥルに帰ることもヤールや母の居たこの家に帰ることは無い事を悟り始めていた時、思いがけない知らせが届いた。

     ヤールがミオを「買った」のだ。
     それは療養所での生活を始めて1年くらいの時だったと思う。
     まわりのルームメイトもちらほらと、卒業後の稼ぎ先が決まりつつある時期だった。
     人造人間は売り手市場らしい。
     容姿や技能に優れた者から入札が始まり、嫁ぎ先が決まっていく。
     母にヤールとの繋がりがもし無かったら、ミオはテトゥルに戻ることも無かっただろう。
     そして、ヤールがそのために多額の借金をしていた事を知ったのは最近の事だった。
     ヤールはいわゆる「変人の学者」だった。
     仕事の第一線を引きテトゥルという田舎町で古代人のシェルターの管理人をしていたのも、彼の厭世観によるものだ。
     そんな時、人目を避けるため赤ん坊だったミオと母がテトゥルを訪れたのだ。
     彼はそんな二人を受け入れ徐々に家族となっていった。
     現在、母の行方は知れない。
     ミオもその行方を追う事は無かった。
     人造人間の寿命を考えると、とっくに死んでいてもおかしくない。
     そして、世間的に見ればヤールはミオの所有者であり、「飼い主」だ。
     出過ぎた真似は出来ない。

     養成所を卒業しここへ来て三年。
     母もキリお婆さんも、ヤールも今は居ない。
     孤独は、何よりも辛いものだった。
     古代人の目覚めを夢見ながらここで静かに暮らす。
     それ以上の贅沢があるだろうか。
     そして、人造人間の役目以上の働きが自分に出来るというだろうか。
     ヤールは金のことは話さない。
     今も借金が残っているのかもしれない。

     だが、人造である自分がこれ以上の事を聞けなどしないし望んではいけない。
     ミオはそう思っている。



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    posted by 小説あらすじ |