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    1話:前夜祭のような夜



    *第1話 前夜祭のような夜


     最後の養子「ユッカ」の死が伝えられたのは昼過ぎだった。
     彼の遺体はいつものように病院に安置され、明日の葬式を待つ事になった。
     ミンはキッチンに立ち、いつものように鍋をかき混ぜていた。
     目の前には食パン、鍋にはキャベツに人参に、ポテトに牛肉の入ったポトフが湯気をたてている。
     これらは週に三回、給食センターから届けられるものだ。
     有料の福祉サービスであり、これまでは障害のある子供たちの健康のために食形態が調整された
    メニューと通常食の2種類が用意されていた。
     その配給も今週で終わることになっている。
    「来週から誰が料理をする? ミンは料理出来なさそうだけど……」
     ミンは少し考え、「出来ないと思う」と答えた。
    「そうだよな」
     透は冷蔵庫に貼られた献立表を覗き込んだ。
    「春野菜のポトフと、ローストビーフだって。そこにあるパンは、
    またツマガリのおばさんにオマケしてもらった。適当に切って。スープに合いそうだ」
     パンを切り分けながら、ミンは隣でスープをかき混ぜる透を見た。
     いつも通りの横顔。
    「どうかした?」
    「今日の夕食は……なんだか賑やかだなって……」
     そう、彼もどっちともとれるといった表情をしていた。
     明日の葬式なんて大したこと無いといったような。
    「俺も思った。まるでお祝いだ。シャンパンも用意する?」
     透は戯けて笑ったが、ミンは得に表情を変えずパンを切り分ける作業を続けた。
    「お祝いは無いな。ごめん。ユッカは……なんというか眠っている事の多い子どもだったから、
    わからないんだ。死んじゃったって実感がさ……。俺も直接世話をしたわけでもないし、
    ヘルパーさんに任せっぱなしだったから。だけど、ここに居た子どもの半分はそんな感じだっただろ?」
     ミンは遠くを見つめたまま頷いた。
    「直哉が一番遊んでもらっていたのは誰だっけ」
    「ララ」
    「そう、ララだ。直哉が寝小便の癖がついたのはララが死んだあたりだったかな」
     透は、すぐ目の先に居る直哉を見ながら言った。
     直哉は3ヶ月前にララが死んで以来、夜尿をするようになっていた。
     ララは外をよく駆け回る元気な子どもだった。
     直哉にとっては一緒に庭で遊ぶ友達で、二人はとても仲良しだった。
     それから得に目立った問題行動はないが不安を口にすることが多くなっていたのだ。
     環境の変化に加え半年間の間で5人が立て続けに亡くなり葬式を繰り替えしていたのが
    こたえたのだろうと最初のうちはそのままにしていたが、夜尿がおさまらないので病院へ
    連れていくようになっていた。
    「でも、一番駄目なのは俺だ。もう半月も変な夢が続いてるんだ」
    「どんな夢……?」
    「はっきりしていないけど、イメージなんだ。俺は夢の中でなぜか女になってる」
    「誰に……」
     透は苦笑しながら、「過去に関係した人」と毒づく。
     昨日会いに行ったらしい人もその一人なのだろう。
     生まれた子が病気で、姑にいびられて自信を無くした寂しい人。
     今は彼女の元を離れられないと、透は言っていた。
    「どうして、そんな夢を見るの?」
    「後ろめたいからかな」
     そんな彼を、ミンは蔑んだりはしない。
     だらしがないことには変わりが無いが、透はとにかく、何をしても不器用なのだ。
     ミンはそれを許している。
     何も思わないフリをして。
     彼が夕時に家に居てくれる事は嬉しかったから。
    「いつも思うんだよ、別れるときは喧嘩するべきなんだろうなって……。せめて、
    俺に愛想を尽かした、悪いのは俺だってちゃんと思ってもらいたい。その方が、後腐れ無いだろ。
    だけど、向こうも向こうでさ……郵便とヤるような人だから、実際はそれほど
    執着してないのかもしれないんだけど」
     この共同生活が始まる前から綻びはあった。
     今はきっとその曖昧な糸が縺れていく寸前の所なのだろう。
     透がそんな夢に苛むようになった理由も、その綻びに修正がきかなくなってきたからだ。
    「自由に出来る関係は楽だよ。だって、俺の事なんかみんな、すぐに忘れてくれるから」
     透は自嘲するように言った。
    「もちろん、無かった事にしたい出来事だって。そういうものに限って忘れないんだけどね」
     だが、実はこれ以上何も聞きたくなかった。
     ミンはパンにナイフを入れたままじっと目の前を見ていた。
    「直哉はそのうちよくなる。まだ子どもだから、薬が必要な体にしちゃいけないだろ。
    今までの事も大きな理由だと思う。でも、一番の理由は俺達の所為の気がする。あのくらいの
    子どもは繊細だから、やっぱ目に毒だったんだ。直哉……どこかで俺らの事を見ているのかもね」
     透は意味ありげに笑った。
     ミンは、釈然としなかった。
     透は直哉の事を考えているようで、何もわかっていない。
     直哉は透の事をあれだけ想っているのに。
     そして同時に自分自身に対しても苛立ちは募っていった。
    「見ている、と言った?」
     ミンはやっと聞き返した。
    「うん」
     透は鍋を無意味にかき混ぜ続けている。
    「出くわしたのよ」
     透は初めて気づきました、というようにきょとんとした。
    「罪悪感ってある?」
     いつの間にか真顔に戻っている。
     目を見ることが出来ず、ミンは視線を透の口元に合わせた。
     透はミンの目線まで少ししゃがむ。
    「ミンは最近、物を言うようになったね。半年前から比べてもかなり違う。
    4年前初めて会った時なんて、人形のようだと思った。話をしてみても殆どかみ合わないし、
    君はその場を取り繕うみたいに、適当な事ばかり言っていた。だから、まだ俺は疑ってるんだ。
    仁重のじいさんは、どうしてお前を買ったのかなって」
     ミンは俯いた。
    「金の有り余った耄碌爺さんが何を考えても不思議じゃない。ミンはその間、
    何をされてきたか覚えてないんだろ」
     ミンは、唇を噛み締めた。
     その様子に、透は意地悪げに笑った。
    「もしかして怒ってんの?」
    「もしも透が思う事が、お爺さんと私の間にあったとしても、それが全てじゃないよ」
     小さな声でミンが答える。
    「どうして?」
    「家族だから。お爺さんは元気な時、きっと私に優しくしてくれた」
     透は息をついた。
    「家族か。考え方はさすが、コーデリテ式だな。親戚や近所はみんな家族だもんな。
    そんな考え方に固執してたから俺の家族は同じ場所で事故にあって全滅したんだけど」
     コーデリテの山の麓で起こった事故。
     汚染されたガスが麓の町を襲い、その一帯を全滅させた。
     透の家族はそれにやられてしまった、そこまではミンも知っている。
     透が生き残った理由は、日本の学校へ通うため事故の時コーデリテにいなかったからだ。
    「てかさあ、おじいさんが優しいって、どこからその自信は来るんだ?」
     ミンは何も言い返さなかった。
    「そういえば明日義父さんが帰って来るよ。緊張する?」
     ミンは首を横に振った。
    「私、いつも電話でやりとりをしていたの。時々、お洋服、送ってくれた時も話した。
    だから全然緊張しないわ。それに、なんて呼べばいいのか聞いたら、
    おとうさんって呼んでいいって、この間、言ってくれたの。だから私、
    仁重さんの事、そう呼ぼうと思っているの」
    「いいと、思う。義父さんも病気してから、なんとなく丸くなったんだ。言葉数が少なくなったってのも
    あるけどね。ミンが直哉と仲良くしてるのこないだ話したら、喜んでた」
     義父は孤児の受入先として屋敷の下見のために一度ここを訪れたきり、日本への帰国も久しかった。
     一度も孤児達の様子をみてやる事が出来なかった事に対し、義父は自分を悔やむばかりだったのだ。
     義父は、これから半年間は日本へ帰り療養を兼ね墓地で眠る子どもをコーデリテに返すために計画を進めている。
    「でも、直哉の方が日本語上手だよ。私、ゆっくりだからいつも直哉に怒られるの」
    「あいつは特別頭がいいんだよ。こないだまではしたったらずだったけど、言葉もはっきり言えるようになったし。
     コーデリテで、中途半端に現地語と日本語両方使ってた割には混乱もしなかった。けど、
    義父さんも、あとロッカートさんも言ってたんだけど、やっぱ不安とかってあると思うんだ。
    このあといつまで義父さんが元気で居るかもわからない。なんか、義父さんの話ぶりだと
    こっちに直哉の面倒を見てくれそうな伝手があるらしいんだ。だから、コーデリテ語、
    あんま教えなかったんだろうし……」
    「……透は、また義父さんとコーデリテに帰っちゃうの?」
    「そうだよ。来年の春からは、もう籍も移してあっちで仕事しようと思ってる。昼間に俺、
    お前がどうするのか聞いたけど。お前もそろそろ考えないといけない時期なんだよ。
    頭がはっきりしてるなら。そのために、ミンは自分のそれまでを
    ちゃんと知るべきなんだ。おじいさんの所へ来る事になった経緯とか、親が居るなら、
    親の事……。知りたいだろ?」
     ミンはうつむいた。
    「……それは、私に、いつか必要になっていくことだと思う。だから、知りたい」
    「どんなに辛いことでも? 俺の妄想が、もし事実だったとしても?」
     ミンは唇を噛み締めて、一気に透を見上げた。
     透も不意を突かれたようにぎょっと仰け反る。
    「そうだとしても、その中には、きっと優しい記憶も必ず残っていると思う。それに私はもう、
    自分をバージンとは思っていないから……」
     透は目を大きくした。
     すぐに透は降参したといわんばかりにため息をついた。
    「……直哉がこっちを気にしてる。子どもは正直だ」
     二人の視線の先には直哉が居る。
     箸やらコップを下手くそに並べ、食事を待っている。



     霧の中、大きな燭台を血だらけの手で握っている。
     霧の先に待つ亡霊は、欠けた牙でこの肌をなじるだろう。
     それなのに、歩みは止まらない。
     目が覚める度に、私の心は一貫性を失っているのかもしれない。
     この汚れた手で、私は何が出来るというのだろう。
     一歩足を進めるごとに、冷たい芝生の水滴が足首を少しずつ濡らしていく。 

     ミンは呻いた。
     水中を漂うような浮遊感の後に、一気に体は重くなる。
     どこか分からない暗い部屋で首にジャラジャラと何かが巻きつくような感覚があり、すぐに動けなかった。
     それは幻想で、いつもと同じ目覚めの前の不快感だった。
     透に感化されたように、ミンも不気味な夢を見るようになっていた。
     だが、こんな日は仕方ないのかもしれない。
     目を開けると廊下から、非常口のわずかな光が部屋に差し込んでいた。
     枕を抱きしめたまま、戸の方に顔を向けると、ぼんやりと人影がこちらを覗いている。
     透だ。
     彼は無言のまま、じっとこちらを見ている。

    「何もしないで……」

     ゆっくりと扉は閉じられ、すぐに階段を降りていく足音が聞こえた。
     肌寒く、まだ夜はあけていない。
     あたりは蓋をされたように暗く静まり返っているがじきに明るくなるだろう。
     悪夢の後のどきどきがまだ残っている。
     暫く目を閉じても、不快感はしばらく消えていきそうに無い。
     透はまた例の夢を見たのだろう。
     ミンは暫くぼーっと天井を眺めていたが、そのまま眠れそうに無いのでミンは起き上がった。
     目を擦りガウンを羽織り部屋を出る。
     廊下の電気は消灯され暗いままだ。
     グリーンの非常灯がぼんやりと廊下を照らしている。
     降りたところで透と鉢合わせしたら、驚くのは彼の方だろう。
     耳をすますと、外で何かを掘るような物音がした。
     階段を降り、渡り廊下からゆっくりと中庭を覗いくと白いシャツの男が闇夜にぼんやりと浮かび上がっていた。
     透が庭に出ている。
     昼間の服のままだった。
     こんな真夜中に墓場で何をやっているのだろう、月明かりに彼が持っていた大きなシャベルが光った。
     ミンは靴をはいて庭に出た。
     彼は横目で彼女を確認すると、少し笑った。
    「時差ぼけの所為で、今日も眠れない」
     軍手をはめなおしながら彼はふと空を見上げた。
     そんなわけは無い。
     透が海外から帰ったのはもう半年も前のことだ。
    「満月だ」
     庭の暗さにも目が慣れ、よく見てみると、そこには掘り返されたような穴があった。
     透は低い声でつぶやき始める。
    「ユッカ、きれいな顔してた。本当にこないだのままだった。だからかな。
    医者が書いた死亡診断書も、葬儀屋が出した書類も……全部偽者のように見えて」
     見上げると暗やみに優しく微笑む透の顔が浮かび上がる。
     彼ははめていた軍手を両手とも外し地面に放ると煙草に火をつけた。
    「何を……埋めているの?」
     ミンが尋ねた。
     すると死んでいた目に突然光がさしたように彼はもう一度笑みを浮かべてみせた。
    「ううん、掘ってる」
     透は少し笑うとミンの髪に触れようと手を伸ばしてきた。
    「私の夢、見た……?」
     透は口を抑えて、女のように笑った。
    「何言ってんの? 俺の夢に出てくるのは、全部、寂しくていやらしい、そういう人なの。
    お前みたいなお子様は一度も出てこないよ、……お前は何に罪悪感を感じているんだ?」
    「……わからないの。……でも、辛いの」
    「そうか」
     透はミンにシャベルを渡した。
    「なら、俺達は共犯だ」
     ミンが渡されたシャベルから手を離した。
     シャベルはそのまま芝生の上に倒れる。
    「本当は、全部覚えてるんだろ……そうだとするのなら、世間に、君を被害者だと思う人間は、
    もう俺しか居ないと思う」
     透はさらにミンに近づく。
     ミンは後ずさった。
     すると、透が首を傾げた。
    「夢はたしかに見た。だけど、俺はちゃんと俺のままで、お前はお前だった」
    「透、私は……透とした約束を」
    「もうどうでもいいよ、そんな約束は飾りだ」
    すると、躊躇っていたのは飾りだったのか、透はミンの腕を引き寄せきつく抱きしめた。
    「俺があいしているのはお前だ」
     ミンは目を閉じて、抱擁を受け入れる。
     首筋にじんわりと痛みと熱感がある。
     その熱の正体をようやくミンは思い出した。

    「あいしてる」

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    posted by 小説あらすじ |