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    2ー1.科学者の行方

    2ー1.科学者の行方


     ヤールはつんぞめりそうになりながら電話を取った。
    「ミオ、どこに居る?!」
    「落ち着いてください。何やら映像に切り替わっていますよ」
     そこには密林が映し出されていた。
    「3エリアの植物園か? ミオ? 無事なのか?」
     ヤールが呟くと画面が縦に揺れ拳銃を握る男の手が映し出された。
    「誰だ? それはミオの拳銃だ、彼女を─……」
     ヤールはなおも大声をあげようとするのでシュンリはその口を塞ぎ、電話を奪った。
    「相手がわからないのに突っかかるのは危険です。一つ一つ聞いていくんだ。
    まずは彼女の安否、そして現状、そちら側の素性」
     静かに耳打ちする。
     ヤールはコクリコクリと頷き、携帯電話を受け取った。
    「ミオは無事なのか? 植物園に居るのか?」
     画面が再び揺れ、石畳に横たわる少女が映し出された。
    「ミオ!」
     彼女は目を閉じている。
     画像は粗く、表情まではわからない。
    「悪いが、あなたの事から聞かせてもらおうかな」
     静かな口調の返事が返ってきた。
     さながら午後のカフェテラスで注文をする客。
    「彼は素性を隠している。とりあえずこちらに害意が無いのを伝えるべきです。ただの学者だと」
     シュンリは受話器を覆ってヤールに告げた。
     ヤールは青い顔のままやっと頷いた。
    「私はヤール・テトゥル。このシェルターの管理人で、150年前の古代人研究をしている文化人類学者だ。
    ミオは私の助手だ。武器は持たせているが、山に時々現れる熊用だ。お前は、寺院のセクトか?」
     ノーレスポンス。
    「これからミオを迎えにいく。何が狙いなんだ?」
     ヤールが尋ねると、クーラーボックスが映し出された。
     次にゆっくりと黒髪の男の顔が映し出される。
    「150年……そう伝えられているのか。学者が管理しているという事は、ここは……」
     男が呟く。
    「だいぶ前からここは国営だ。寺院連中は撤退している。それを知らないという事は、あなたは……」
     ヤールが息を飲む。
    「さらに国営か。寺院の手に渡される事になったのは知っている。その時代の者と答えておこう」
    「何が望みだ?」
    「君に求めるものは何もない。ここは君にとって単なる遺跡だ。なら交渉する価値も無さそうだ」
    「ま、待て、ミオをどうするつもりだ!」
    「解凍後に必要なアンプルと彼女。それと交換条件を出す予定だったんだ。だが、もういい。
    私はここを放棄する事にした。……施設内は化け物だらけだ。気をつけたまえ」
     男は淡々と答えると、ふと画面から顔を離した。
     すぐに映像が消える。
     それ以降、いくら掛けても電話には誰もでなかった。



     制御室。
     ヤールは可動音のしない施設、赤く点滅する部屋、つけっぱなしのモニターからシェルター内の異常を認識した。
    「シュンリさん、さっきの男に心当たりはありますか?」
    「いいえ全く。口ぶりでは冷凍睡眠から目覚めた感じでしたが、それが真実だとすれば、俺より後の時代に
    入った人物だと思います。化け物がどうとか言っていたのも不気味だ。現在の管理人であるあなたが
    事の一切を把握していないということも」
     彼は冷淡にヤールを見据え、おもむろにキルンの拳銃を差し出した。
    「これは扱いに慣れているあなたが持っていた方が良い気がします。あの男が言う化け物、倒れていた彼女、
    ここには武器が相応しい危険があるという事でしょう」
     その言葉にヤールは頷き、拳銃を受け取った。
     食堂へ続く職員通用口。
     住人用の自動ドアは巨大な扉でロックされ、カードキー無しでは開けることが出来ないという。
     ミオもこちらの出入り口は安全面と食堂エリアへのアクセスを考えて使っていないはずだ。
     中に侵入者が居るならなおのこと。
     配管が無数に通る通用口は薄暗い。
    「この先は食堂になっています」
     鉄製の戸は静かに開いた。
     こちらも当然のように薄暗く、あちこちの蛍光灯が明滅している。
     忘れ去られ、一部の学者のための遺跡になりつつある施設。
     テトゥル・シェルター。
     二人は自然と音を立てないように進んでいた。
     電話の男の忠告を聞いていなかったとしても、どの影から怪物が飛び出してきても驚くことは無い雰囲気だった。
     バットを握る手に自然と力が入る。
     少し歩いたところでヤールが呻いた。
     食堂のテーブルや椅子が荒らされ異様な光景が広がっていた。
     片方のブーツが転がっている。
    「この靴は……」
     ヤールはその近くまで駆け寄ったかと思うと悲鳴に近い声をあげた。
     そこには見たこともない獣の死体があった。
     体長は1.5メートル程度、けむくじゃらのどっしりとした体格だ。
    「ミオか、さっきの電話の男が倒したみたいですね。これが例の化け物のようだ」
     シュンリはヤールの肩に手を置き、それ以上彼が大声を出すのを阻止しようとした。
    「う、うう、……」
     そうするまでもなく、ヤールは口を抑えて床に蹲った。
    「あれを……」
     ヤールが指をさした先に大きな血だまりがあった。
     その血を踏んで滑ったような足跡も。
     近くの柱の傍に這ったような血の跡と太く短い体毛、香を燻したような香りが漂っている。
     何か他にも生物が居る、そんな気配。
    「……あなたはそのままで居てください」
     シュンリは低く囁くと、釘バットを握り直した。
     テーブルとテーブルの隙間を縫うように黒く小さな影が移動している。
    「ネズミか……?」
     黒い小動物の影は食堂の奥へ消えていく。
     ヤールは血だまりの前で放心して動かない。
    「その血は彼女のものではないですね。足跡は、そうかもしれませんが。それに植物園は
    ここから先のエリアにあるんですよね?」
     ヤールは何も返さない。
    「床をよく見て下さい。血のついた足跡が一度あの職員通用口まで戻ってる。あの中は薄暗くてわからなかったけど、
    戻れば跡が見つかるかもしれません。足跡は一つじゃない。今度は向こうまでうっすらと
    同じ靴の型が残っている……。一度戻って、また同じ戸から出てきたというわけです。歩幅から見て、全力で走って
    いる。あれだけの血が出るような怪我をしていたらこうはいかないし、もっと床はあちこち汚れているでしょう」
     ヤールは足跡を一つずつ目で追い向こうまでそれが続くのを確認した。
    「ミオ……無事なのか……?」
     シュンリはバットの先を使って死体の毛を掻き分け、出血部分を見た。
    「拳銃を持たせていたのでしょう?」
    「何も特別な事なんてない、普通の女の子だ! 確かに銃の訓練は受けている。だがそんな」
    「こことここ、頭と腕の部分。銃痕は二ヶ所だ。バカ撃ちはしていない。彼女だとするなら肝が据わっている」
     目の端に動くものを見た。
     ヤールの動揺に気づいたシュンリは後退しながら腰を落とし、バットを正面に構えた。
    「居ますよ」
     暗がりに目視出来たのは2体。
     ここに死んでいる猿とも犬とも似つかない生物と同じものだ。
     体長1メートル程度の小さい猿ゾンビと、体毛の無い浅黒い肌をしたひょろ長い人型生物。
     それぞれが牙を向き歩いてきている。
    「な……! なんだ……こいつら……!」
     ヤールが後ずさる。
    「ここを突っ切るしか他のエリアに行く手立ては無いんでしたよね」
     シュンリは獣の化け物達を見据えたまま言った。
    「おい、どうする気だ」
    「こいつらと話し合う方法でも考えますか」
    「駄目だっ……、このけむくじゃら達は敵意がむき出しだ。この先は危険だ。引かえすしか」
     ギョロリとした目玉が不気味に光る。
     牙を向いているというよりは、元からそのような顔つきをしているといった方が正しいかもしれない。
     その曖昧な威嚇は、これまでのどの動物からも感じたことのない得体の知れないものだった。
     敵意、そう言われればそう見えるかもしれない。
     しかし、その生物たちからはどんな動物も最低限備えているような、アンノウンへの警戒心が希薄だった。
     それが不気味の正体だろうと、シュンリは思った。
     だが、これだけはハッキリとわかった。
     こちらが動けば向こうも必ず動き出す。
     何をするつもりだとヤールが息を飲むより早く、シュンリは側に倒れていた椅子をサッカーボールのように蹴り飛ばしていた。
     それは人型ゾンビに当たった。
     一瞬の挙動に猿ゾンビがシュンリに飛びかかる。
     が、その先で彼は既に体勢を整え釘バットを振りかぶっていた。
     ゴキッという骨の砕く音。
     振り下ろすように殴りつけられ、ゾンビは激しく床に叩きつけられた。
     ピクピクと痙攣して、やがて動かなくなった。
    「なんてことはない。か弱い生物だ。これが蘇ったら本物のゾンビという事になりますがね」
     シュンリは振りかぶった姿勢からゆっくりと戻った。
     そしてヤールの拳銃を抜き取ると、椅子が直撃し悶絶している人型の頭部に銃口を向けた。
     良く見ると、それは男とも女とも言えない形をしていた。
     人間の進化系とも見えない、昔、どこかで見た出来損ないのハリボテB級映画の実験体ゾンビ。
     身体のどこかにシリアルナンバーでも見つかればビンゴだが、そのような刻印も見当たらない。
    「シュンリ、あなたは……」
    「考えるのは後です。植物園はどこですか。そこに彼女が居るんでしょう?」
    「このまま奥の3エリアだ……」
     拳銃を向けられていた人型ゾンビがゆっくりと起き上がる。
     シュンリはさらにそれの前まで近づくと迷わず引き金を引いた。
     反動と食堂内に響く爆音。
    「驚いた。なんて音だ」
     彼は拳銃をテーブルの上に置き、耳を抑えた。
     頭部を破壊され、ゾンビは絶命したようだ。
    「今の音で他の連中は怯んだだろうか。それとも引き寄せられると思います? 普通ならビビって逃げます。
    それで近づいてくるならやっぱり猿以下の、ただの猿ゾンビだ」
     彼は同じ口調で言った。
     元のマネキンのような無表情のままに。

    「どうしてそんなに冷静に居られるんだ……」

     ヤールは呆れて言った。
    「今の状況に相応しい態度をとっているつもりです。それとも、慌てる俺を見たらあなたは
    冷静な自分を思い出しますか?」
     ヤールはぐうと唸り、申し訳なさそうな顔になる。
    「内部の様子が前と全く違っている。道案内が必要だ。それにあなたも、ミオの事が心配でしょう」



     建物は食堂エリアを中央にいくつもの棟が放射線状にのびている。
     全ての棟の先には地中植物園へ続くスペースがあり、そこで虫や植物の生体の研究を先代管理人から引き継ぎ
     続けていたらしい。
     他の棟の先にも同じような空間がいくつもあるが、利用しているのはそこのみで他の空間は空だそうだ。
     もちろん、シュンリの時代にはそんな設備はなかった。
     研究所的な場所としては一目にもつかずもってこいだったのだろう。
     だとするなら、その長い時の中で実験対象として暴かれずこうして目を覚ました事は奇跡のように思えた。
     寺院が管理だったという時代から怪しげな科学者が管理人だったとされる時代、その趨勢を思えば放置されていた
     事はその宗教的価値観から言えば自然とも言えるが、やはり納得は出来なかった。
     もう既に何人か目覚めさせられていてもおかしくはない。
     この慌てふためく管理人と現状理解もままならない自分が今考えたところで解決は遠そうだ。
     3─0エリアへ続く戸を手動に切り替える。
     少しずつ開けていくと、周囲は香木のような異様な臭気が漂っていた。
     物思いはその空気で完全に立ちきられ、二人は身体の動きを止めた。
     奥に続く通路の先に人型の影がいくつか蠢いている。
    「居ますね。猿ではなく、さっき居た人間のような形をしている」
    「ああ……、私もさっきの奴に似ていると思う」
     シュンリは拳銃を構えた。
    「試しに一体撃ってみます」
    「よさないか! 知り合いだったらどうするつもりだ?」
     ヤールが小声で怒鳴る。
     シュンリは一瞬呆気にとられ、口を抑えて笑った。
    「おもしろい発想ですね。では別の経路ありますか? ダクトを通るのが映画では定石なんですけど、
    実際、中が入り組んでいて難しいんで」
    「は……?」
    「それにあなたみたいに身体の大きい人は入らないですね」
     シュンリはつかつかと廊下を突き進んでいく。
    「ま、待て!」
    「あなたはそこに居ていいです。野性の猿を知っています? あいつら、少しでも怯んだり、ビビって
    手をひっこめるような人間を弱いと見て襲ってくるんですよ。だけどさっきのサルは、隣の奴が
    やられたのに、逃げずに襲ってきた。まあ、防衛本能なら普通かもしれない。どっちみち試して見ない
    ことには話が進まないと思う」
    「何を試すんだ」
    「人間か、クソ生物モドキか確かめる」
    「こうしよう」というと、シュンリは大きく息を吸い込み、釘バットを右の壁に2回打ち付けた。

    「ぶち殺されたい奴は全員廊下に集合!」

     唐突な怒号に、ヤールの身体がビクつくのが視界の端に見えた。
    「襲わせる気か?! 大きな声を出すのは……」
     ヤールに構わず、彼は最後にテレビ中継で見た野球の試合を思い浮かべた。
     世界があんな事になる前の、まだ人々が娯楽に興じる余裕があった時代の。
     感覚的にも遠い昔のことだ。
     彼は今バッターボックスに立っている。
     この狭い廊下から、一体ずつ進んでくるのはゾンビという名のボール。
     投手は誰だ? 振りかぶり、打つだけ。
     彼にとっては造作ないことだった。
     案の定、音に反応した彼らはふらりとこちらを振り返り、狭い廊下を一列に走ってきた。


     全  員 、 ゾ ン ビ だ 。


     彼は胸の鼓動の高鳴りを感じた。


    ──これだ、俺は生きている。


     

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    posted by 小説あらすじ |