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    2−2 空論

    2ー2 空論


    「だから、あなたが戸を少し開けて、そこから一匹ずつ余りの奴が出てくるようにすれば倒しやすいでしょう。
    まだ弾は残っていますよね。無駄撃ちしないでやっぱり正解だった」
    「そんな無茶な! あなたの発想はさっきから現実味がなさすぎる! さっきだって、あんなにボコボコ殴って
    正気とは思えない! それに、冗談でなく本当に知り合いだったらどうするつもりだったんだ?」
    「冷静な頭があったら、あの音に怯んで引っ込むか言葉を発するでしょう。普通の人間だったとしてもあの状況で
    ワーだのギャーだの叫んで出てきたら、発狂しているとみなして撃ちます」
     聞きなれた声と、初めて聞く男の声。
     何やら二人が言い争っている。
     ミオはゆっくりと身体を動かした。
    「ミオ! 大丈夫か。助けに来たぞ!」
    「……お父さん?」
     ミオは起き上がりヤールの目線を追った。
     そこには煙草を吸う一人の青年が居た。
     こちらを無表情で見下ろしている。

     金髪に金目。

    「誰?」

     ミオは思わずそう言った。
     彼女は間違いなくこの顔を知っている。
    「シュンリ・ランドスタイナーです」
     ミオはバネのように立ち上がったが、抜けた腰は回復しておらずよろけてしりもちをついただけだった。
     さっき奪われてしまったはずのオレンジ色のジャージもずり落ちた。
     身体に掛けられていたようだ。
     靴も両方共履かされている。
    「ミオ、座って居なさい! それ以上傷を作るな」
     どう答えていいかわからなかった。

     畏怖、憧れ、恋心。

     全ての感情がよくわからなくなっている。
    「君は気を失っていた」
     シュンリが言う。
    「えっ。……」
    「靴も上着も落ちていた。心配したぞ……」
     ヤールが目に涙をためてミオを抱きしめる。
    「さっき、けむくじゃらに奪われて……」
     ヤールはミオを放してまっすぐに視線を合わせた。
    「猿ゾンビですね?」
     同じ位置に立ったまま、シュンリが言った。
     彼は自分に話しかけている。
     ミオは二人の表情を見比べた。
     ヤールは相変わらず顔色を悪く、シュンリは表情を変えずに居る。
     この状況に辟易しているようにも、楽しんでいるようにも見えた。
     ミオのイメージしていた彼とは違う。
     彼の服も、金髪も赤黒く汚れている。
     そして煙草。



    「大丈夫ですか?」
     話しかけられたのがわからず、ミオはキョトンとした。
     口ごもって俯く。
    「アレを殺したのは、あなたですよね。食堂に居たでかい猿のゾンビ」
     シュンリは続けた。
     「アレ」とは食堂で出会い自分が撃ったけむくじゃらの事だろう。
     無我夢中だった。
     頷くだけで精一杯でミオは顔を背け両手で自分の頬に触れた。
    「夢?」
    「ここで男と出会ったはずだ。黒髪に、緑色の目をした男と。あいつはあなたの拳銃を奪って行ったようだ」
     シュンリはやや憮然としている。
     ちらりとヤールの方を見ると、ヤールは相変わらず眉を寄せた困り顔をしていた。
    「おとこ。……」
     ミオはハッとして、カーソンが去って行った方向を見た。
    「カーソンさん! 私が入ってきた所はゾンビだらけで通れないはずなんだけど……」
     ミオは話すのを止め、ヤールを不思議そうな目で見る。
    「二人とも、どこから来たの?」
     ヤールは青白い顔のまま、扉の方を見た。
    「シュンリが何人か、倒しながら来たんだ。カーソンとはすれ違わなかった……」
    「扉の向こうには何体か残っている。扉の前に倒れていたやつが通るのに邪魔で、それをどかすのに
    手間がかかってそれ以上倒すのは無理だった」
    「多分それはカーソンさんが、私の銃で倒したゾンビだ……」
     ミオはふとヤールの足元を見た。
    「お父さん、血が出てるよ!」
     ミオは叫んだ。
    「大丈夫だ。すぐに彼が引き剥がしてくれたから。扉を塞いでいたやつをどかしている間に噛みつかれたんだ。
    噛まれたのは悪い方の足だから、今までと変わりはない」
     ヤールはミオの頭に手をやった。
    「シュンリは?」
    「無傷です」
    「でも、血が……」
    「これは全部返り血です」
     それを聞き、ミオはとりあえず息をついた。
    「ヤールさん、傷を洗うよ。そこまで歩ける?」
    「ああ……」
     ミオは散水用の蛇口からホースを外すと蛇口を目一杯捻った。
     しばらく流したところで、ミオはその水を舐めた。
    「いいよ、ヤールさん」
     ヤールは傷ついた足を流しに入れる。
    「水、悪いんですか?」
     シュンリが尋ねる。
    「時々、海水とか毒素を含んだ水が流れてくるの。だから水の管理は大切なの」
    「殆どの人がわからない毒素を彼女は検知出来るから、こんな場所で植物園が成り立っているんだ」
     ヤールの言葉にミオは苦笑した。
    「シュンリ、うちの水飲んだ?」
    「はい、だけど、まずくてとても無理だった」
    「その水のまずさに、みんな気づかないんだよ。平気で飲んじゃう。そしてお腹を壊して死んじゃう」
     ミオは悲しげに言った。
    「ヤールさんの研究していた通りだったね。やっぱり、現代の人はそういう力さえ失っているって事だったんだ」
    「そうだな……」
    「それなのに私……、ううん、今はこんな事言ってる場合じゃないね」
     ミオはヤールの足をハンカチで拭くと、傷口に生理用のナプキンをあてがった。
     その上から自分のネクタイをぐるぐると巻きつける。
    「こんなんでごめんねヤールさん。とりあえず応急処置おわり」
    「ありがとう、ミオ」
     息をつく二人を横目に、シュンリは二本目の煙草に火をつけた。
    「カーソンは、あなたの銃を奪って行ったんですね。残弾数などはわかりますか?」
     煙を上に吐きながら言った。
    「最初に私が2発撃って、それからカーソンさんが扉の前のやつらを倒すのに最低でも4発。
    残っていたとしても4発くらいだと思う」
    「他にあなたの武器は?」
    「武器……というか武器になりそうなものは、このナイフでしょ……」
     ミオは腰につけていたナイフを抜いて見せた。
    「サバイバルナイフと、こっちの熊用ナイフかな……あとはこれ」
     太股のベルトを指差す。
    「この唐辛子スプレーはあと8回くらい使えると思う」
     そう言い切った所で、ミオは胸に手を当て、蹲った。
    「大丈夫か、ミオ、まだ考える時間はある、少し落ち着きなさい」
     ヤールの優しい言葉掛けに、ミオは先刻の出来事を思い出して首をふった。
    「これは例のアンプルですね」
     そんなミオにお構い無く、シュンリはクーラーボックスを開けた。
    「もう一度言いますが、俺たちはカーソンとすれ違わなかった。どこか別の出入り口があったのでは?」
     アンプルの本数を数え終わると、彼ははっきりとこちらを見据えて言ってきた。
     ドキッとして一瞬呼吸が不規則になる。
     ミオはそれを隠すつもりでうんうんと頷いて見せた。
    「たしか、あっちの方向に歩いて行った」
     ミオの指差す方向は鬱蒼とした植物が茂っている。
     ゾンビだらけのエリアを突っ切って来るより、別の出入り口が存在するのならそちらを選ぶ方が自然だ。
     自分たちが知らない通路があっても不思議ではない。
    「話はしたのか?」
     と、ヤール。
    「うん。もうこの設備を古代人ごと廃棄するつもりだったって言ってた。まだ、中に眠っているのは
    ゾンビと即身仏になろうとした宗教家と、色々凶悪なやつらだって……、時が満ちたので計画を続行するとか、言ってた」
     それだけ答えるのが精一杯で、言葉をつぐむ。
     ごちゃごちゃした感情のまま思考まで纏まらない。
    「取引の価値が無いという事は、そういう事か。だとしたら飛んだ不の遺産だ。隠す価値も無い、か」
     数秒ほど吟味し、シュンリは「わかりました」とタバコを踏み潰した。
    「解凍が始まった理由も、そいつが怪しいですね。時が満ちたとは、何か成果が出るには数十年かかる
    実験のために、ここで眠っていたという事かな、何をやっていたのかはわからないが、合理的な発想だ」
    「じゃあ、解凍は停電した事とは無関係なの……?」
     不安気にミオが尋ねる。
    「そんな事は俺にはわかりません。シェルター内も増設されているようだし……。
    管理人として、普段ここで出来る操作は?」
     シュンリが息をつくまもなく問いかけた。
     真っ直ぐにこちらを見下ろしている。
    「建物のロックと解除。機器類の異常の有無もここでわかる。あとはシェルター内放送だけだ」
     ミオの変わりにヤールが答え、嘆息した。
    「生命維持装置の管理や解凍は、中央とやらにその元締めがあるということですか」
     ヤールは頷いた。
    「万が一私とミオが居ない間に誰かがカードキーを使って入ったとしても、住人に関わる設定は絶対に出来ない」
     シュンリは少し首を傾げた。
    「なら、中央に今回の騒動を引き起こした人物が居るという事になりそうですが」
     ヤールは唸り、上空を見上げた。
     昼下がりの光がヤシの木の間から優しく降り注いでいる。
    「……それはわからない。電力の供給源が失われこの設備を維持することが出来なくなった場合、
    非常事態として全館のロックが一時的に解除されるようになっている。手動で開かなくなっては閉じ込め
    られてしまうから。だが、電力が回復したら基本的な設備は平常に戻る。ただ、一度解凍が始まると、
    中の人間の生命に関わるので止めることは出来ないそうだ」
    「侵入者なり、ここから出て行く者があった場合はその時間だったという事ですね。ちなみに、
    停電でロックの解除は起こるのですか」
    「その通りだ。だからそんな事は本来あってはならない事だった」
     全ては長い時が経ってしまったがため。
     人に忘れ去られた果ての地。
     隠れて何かをするにはうってつけの舞台。
     だれもが考えつく事だ。
    「ミオ、最近の停電から回復までの間はどれくらいだった?」
    「前の時は三十秒くらいだったと思う。それも、最近は多かった」
     それが故意に起こされたものだとするのなら、侵入には十分な時間だ。
     あえてそれには触れず、シュンリは二人が話すのを聞いていた。
    「この数週間、誰もここを訪れる人なんて居なかった。中もいつもと同じ、誰も入ってなんかいない。
    それが出来るのは幽霊くらいだよ」
     ミオは絞り出すように答えて、顔をあげた。
     言った側からミオは自分が考え至った内容に震えが走るのを感じた。
     そして同時に自分の記憶があまりに曖昧な事に愕然とする。
     ヤールはミオの頭をぽんと撫で、シュンリの方へ向き直った。
    「考えた所で仕方ない。今、我々が議論すべきは、この後どう行動するかだ」
    「俺もそう思います。とりあえずカーソンが消えていった場所を探してみます」
     シュンリは壁から背を離すと血まみれの釘バットを取った。
    「ウッ!」
     毛や皮のようなものがこびりついたその不気味なバットに、ミオは思わず口を抑えた。
     血まみれの彼の姿と、それを持ち慣れた様相に、どうやって二人がここにたどり着いたのか現実味が帯びる。
     ようやく繋がった。
     これだけの返り血を浴びているという事。


     この人が……?


    「副管理人さん、この先、ビビって腰を抜かしてしまうようなら、ここでヤールさんと助けを待っていた方がいい」
     シュンリは振り返りもせず言った。
     バットでミオの言った方の密林になっている部分をつつきながら進んでいく。
    「そんな、シュンリ……」
    「かき分けられた跡を見たらありましたよ、さらに地下に繋がっていそうな階段が隠してある」
    ミオがそこを覗くと確かにそれはあった。
    「あ、それ……」
     何か設備に関わる機械の部分と思い込み、気にしたことが無かったのだ。
     これが階段だったなんて……。
     しかもそれはどのエリアに繋がっているというのだろう。
     この直下の空間をミオは知らない。
     ヤールはこの怪我ではこれ以上動けそうに無い。
     そして自分は血を見て、怯えきっている。
     それでも考える時間は無いとミオはわかっていた。
     古代人の蘇生にはタイムリミットがある。

     二人がなかなか動かないのを見てか、シュンリはアンプルの入ったクーラーボックスを背負い、
    階段の方へ進んだ。
    「カーソンがあなたから銃を奪って行ったのはこの先、ゾンビと出会う可能性を考慮しての事でしょう。
    俺たちと戦う必要はカーソンには無い。もしも外で仲間が待っていたとしても、目的はお互い別々で、交渉する
    価値も無いことだから、ゾンビにさえ気をつければそういう無駄な争いの心配はせず、こちらの事情に
    専念できるはずです」
     ヤールは俯いている。
     ミオはシュンリの方を見ていたが何も返さない。
    「あの化け物たちは、ここで凍らされた実験体とか、そういう者という事で決定しておきましょう。
    なんの実験か……人造人間を生み出す過程で偶然出来上がった化け物とかね。それか逆かも。とんでも
    ない化け物を作っていたら人造人間が出来たとか」
     シュンリはミオの方を一瞥した。
     うつむいたまま青ざめていたヤールの顔がどんどん赤みを取り戻していく。
    「そんな事がよく堂々と言えるな!」
     腹に据えかねたのかヤールが声を上げた。
    「いいじゃないですか。そんな単純な話だったのなら。こうして生まれたのは、彼女のような
    ちゃんとした形の人間だ。あの当時タブー視されていた問題を誰もが今や受け入れている。俺はこの
    あたらしい時代の価値観を賞賛しているんですよ」
    「何を根拠にそう言う」
     そうですね、と彼は呟きながら腕を組んだ。
    「この妄想に根拠をつける前に、いくつか聞いていいですか。わからない事はそれだけじゃない」
     

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    posted by 小説あらすじ |