• 管理者ページ
  • RSS1.0
  • Atom0.3
  • << 2−2 空論 | TOP | 2−5 再潜入 >>
    2ー3 寺院の謎
    2ー3 寺院の謎

     学者と少女は暫くうつむいていた。
     不味い煙草に手をのばしかけたところでやれやれと息をつく。
     シュンリは肩に掛けていたクーラーボックスを下に置いた。

    「ここに来るまでに聞いただけでも、俺とあなた達のシェルターの認識は違うようだ」
     二人がふと顔を上げる。
    「あなたたちが知っている内容との相違点が掴まされてきた嘘か、正しく現在に伝わっていない事と考えて下さい」
    「そうですね。では……正しい内容を聞かせてください……」
     ヤールが自分に言い聞かせるように尋ねた。
    「ええ」
     シュンリはしごく穏やかに話始めた。
    「まず一つ目。このシェルターは俺の親父が片手間に作っていたもので、当初の計画ではここに入る期間も
    最長10年の予定でした。それ以上の冷凍睡眠は肉体が持たないと言われていた。
    二つ目。さっき話したようにシェルターはうちの会社の身内らの間で計画されたものだ。寺院が関係しているなど
    俺は聞いていない。あったのかもしれないけど、そこは謎だ。そしてこの施設の定員は100名だった」
     二人は顔を見合わせた。
    「ここには全員で240名が眠っている。まさか、半数以上が……」
     消え入りそうな声でヤールがぼやく。
    「名簿は……全員偽名?」
     実際にここに居る全員が、あの異形のものと対峙した。
     そうであってもとっくにおかしく無い状況だ。
     でなければあの異形の者たちに名前を与える理由は考えられない。
    「この計画は公にされる事は無く、人づたいに64人の物好きがやっと集まった。計画当初の
    正規の古代人は64人で、元々収容スペースには余りがあったということだ。そこに後から別の期間に追加で
    入る事は当時のシステム上不可能だった。一度冷凍が始まると戻らない」
    「でも」
     ミオが声をあげる。
    「0エリアは男と女を足して64人しか居ない事は私たちも知っているよ。240というのは、
    その64人に1から3エリアの数を足した事を言っているの」
    「なら、そこから増えて行ったという事か。だけどおかしな話だ。このシェルターは最長10年完全な
    無人の金庫状態に入った。誰かが入っていじることは出来ない。その間この建物を管理していたのは
    そう─……そうだ」
     彼はゆっくりと上を見上げた。

    ──衛星だ。10年きっかりに信号を送る設定された衛星のコンピューターが制御していた。
     あの時代に父はバカみたいに金をつぎ込み、ある国に依頼して干渉不可能なプラグラムを人工衛星の一部に組み込んだ。
     だから少なくともそれまでの期間、地上でその設定をどうにかする事は出来なかった。
     にもかかわらず、現在はこのシェルターに関わる全ては国の中央にあるらしい。
     10年目の節目を狙って仕組まれた科学者の何らかの陰謀。
     もしくは衛星からの信号をキャッチ出来ないまま時間が経ち、宗教的な流れの中編成してきたものなのか。
     流れの中秘密を覆うためにこの国に根強い信仰心を隠れ蓑にした、というのが大筋か。
     何が理由であっても、結果的に今の状態だ。

     先の言葉を頭で紡ぎながら、彼は思い出す。

    ──数十年という単位ではない。
     150年。
     一世紀と半世紀、時が過ぎてしまっている。
     どんな事がどんな理由で起こっても、不思議ではない。

     目覚めた瞬間の気だるさの中に感じた長い時間の感覚は失われ、それだけの時間の重みを感じる事など出来なかった。
     時間が経てば経つほど彼にとっての「昨日」──テトゥルシェルターを訪れ冷凍睡眠をした日と
    「現在の自分」──冷凍睡眠から目覚めた150年後の感覚は理性的になっていくからだろうか──曖昧になっている。
     その一方、まだ夢の中にでも居るような感覚さえ混ざり始めている。
     形容しがたい不一致が頭をもたげる。

    「150年も前の基準で考えても仕方ない話かもしれないですね」
     彼はゆっくりと目を閉じた。



     シュンリは話すのをやめてしまった。
     ミオは一瞬彼が見上げた空を仰いでみた。
     ヤシの木の間から注ぎ込む眩しい昼下がりの光。
     彼は目を閉じて何を思っているのだろう。
     何か話しかけようとした時、シュンリがカッと目を開いた。
     彼はそのまま流しの所まで行くと、血まみれの釘バットを突っ込み蛇口を捻った。
     それを流すと次に、蛇口を上向きにしてついでのように自分の顔を洗い始めた。

    「ふーっ……」

     汚れていない部分の服を引っ張り顔を拭くと、血のりが落ちて元の整った彫刻のような顔が現れる。

    (私が今朝まで見ていた顔だ)

     ミオがどことなく安心したような感覚を覚えたのも束の間だった。
     シュンリは睨みつけるような面持ちでヤールの方へ向き直った。
    「ともあれ俺が知っている事は以上です。……これから後に起こる事は全部あなたたちの仕事だ」
     彼は責任は持たないが自分の身を守るために戦うと言っているとでもいうのだろうか。
     その通り、大昔あったようなシステムや秩序と呼ばれることの殆どは現在機能を失っている。
    「地上で宗教団体の話をされていたと思いますが、あなたはそれの仕業と疑っていましたよね」
     濡れた前髪を掻き上げながら。
     無感情なその口調に得体の知れない威圧感を感じ、ヤールは言葉に迷いながら口を開いた。
    「昔の記録は失われているので学説に過ぎないのだが、あなた達の戦争が終わって
    一度はシェルターの住人を目覚めさせる動きになった。そこで反対したのがその宗派だ。
    さっきストリートで見たかもしれないが、あちこちに露草の紋章があっただろう。あれが宗教シンボルです」
    「彼らはどこに本拠地を持つんです?」
     シュンリが聞く。
    「人口減少、海面の上昇とともに廃れた。本拠地は現在おそらく持っていない」
    「信仰対象が山から我々にうつったという事ですか?」
    「うつった、というには御幣がある。だが古代人という呼び方などは彼らがあなたたちを神格化して
    浸透させたものと言われている。本筋の山岳信仰も一部その価値観を受け継いでいる。
    解凍に反対していたのは、彼らだけではないのだ」
     ヤールが言った。
    「意味づけを浸透させてきたという事か……それもやっぱり時間のなせる技か」
     もちろん太古の時代にもミイラを奉る概念は存在していた。
     ヤールのような学者からしてみれば、科学的にその時代を検証するための価値を持った存在だ。
     今も昔もそこは変わらない。
     入山したミイラを奉っているようなもの。
    「この地の信仰心から解凍が反対された理由はよくわかりました。問題は信仰心ではなくそれが
    根付くように持っていった側と、それを利用しようとしたはじまりの存在、そして理由だと思うのですが?」
     シュンリはさらに質問を続けた。
    「古代人の解凍に反対があった理由の一つにシビラ御前と呼ばれる女性が眠っているという言い伝えがあったからだ」
     ヤールの答えに、ミオはまじろいだ。
     知らなかったのだ。
    「シビラというのは『東洋の経典』という意味があるそうだ。そして寺院分裂の原因に、
    東国由来の露草で作った線香が宗派をややこしくしたのではと、寺院関係者が話していた」
     ヤールが説明を加える。
    「……ジラジラだ」
     と、ミオ。
    「その線香の事ですか?」
     シュンリが聞く。
    「うん。ジラジラは露草なんだよ。元々は東国由来の植物って」
     ミオが言った。
    「核戦争の時代に入り身体に汚染を受け、その数を減らしつつ新しい教えや麻薬にすがろうとした、か。
    分裂するきっかけとしては十分かもしれないが、それが袂を分かち、こうも急進的な動きの元に
    なったと考えるには少し乱暴ではないかな。昔からいくらでも麻薬は問題になっていたから」
     シュンリが首を傾げる。
    「ううん、あまりに問題になったんだよ。簡単な加工ですぐに麻薬になるのだと学校で習った。
    それが今やあちこちに生えているの。パンを焼くより簡単なんだって。それで人間の方を
    変えちゃおうって当時の人たちは考えた」
     ミオが言った。
    「人間を変えるとは?」
     シュンリが問う。
    「遺伝子操作とか、肉体改造とか……。ジラジラの成分を体内に取り込まない酵素を人体で生み出せるように
    した事がきっかけ。50年くらい前まではそういう考え方が普通だったんだって」
     ヤールが頷く。
    「結果的に現在の人類は様々な寄生虫や病原体、麻薬成分に強くなったが、水の味がわからなくなっているなど、
    いろいろな部分で弱くなっている。組み替えれば組み換えた分だけ修正が効かなくなり……
    世代ごとに様々な弱さとして現れるようになった。ジラジラをきっかけに、そうなったんだ」
     ヤールが説明を加えた。
    「その改造とか操作というのはどれくらいの規模で?」
     シュンリはヤールを見た。
    「その技術自体は輸入されたものと考えられている。なぜなら核戦争のよる汚染は地球規模で広がった。
    人間の生命に関わる操作もあの時代からじわじわと広がり今に至ったものなんだそのジラジラも単なる
    1つのきっかけにすぎなかった。麻薬なんてものはどんな国や世界にも溢れているのだから」
    「ふうん……」
     彼は簡単に相槌をうった。
    「やっぱり、結局ここで話していても解決するような事ではないようだ」
     ミオは再び虚脱感を感じた。
     先に進んでみなくては解決しないし誰も救えない。
     あのゾンビ達の群れへ。
    「でも、いまいち建物の事がわからない。こんな設備は昔無かったし、俺の時はもっとこじんまりと
    していた。さっきもヤールさんに従ってなんとなく来た。具体的な位置が知りたいのですが」
     シュンリが尋ねる。
     ミオは恐怖を振り払うように声をあげ、見取り図を広げた。
    「植物園、今いる場所はここ」
     ミオは現在地
    (3エリア:植物園)をしめした。

    「男女が分かれているのは0エリアだけなんですか?」
    「うん。私もこれにずっと疑問に思ってたんだ。増設されてから一緒になったんだね」
     制御室があった地下1階0エリア男性棟。
     その下、地下2階に食堂・厨房エリア。
     現在地の3ー0及び植物園もこの階だ。
     女性棟0エリアはそこからさらに食堂の階段を降りた地下3階。
     さらにその地下4階に浴場やランドリー、談話室などの共用設備や
     医療設備の他に電気系統に関わる重要な設備がある。
     アンプルが収められていたのもここだ。
    「地下1階から4階という建物の基本構造は手をつけられなかったようですね。
    増設されているのは現在地の地下2階。カーソン達が眠っていたこのエリア3ー0から
    3ー1、3ー2。そして地下3階の2、1エリア。女性0エリアもここにある」
     シュンリは指をさしながら確認していく。
    「こんな所になぜエレベーター?」
     3エリアの先のエレベーターを示し彼は疑問符を浮かべた。
     ここへたどり着く前に分岐した、食堂エリアを隔てる戸があった少し先だ。
    「うん。地下と地上のエントランスを結んでる。でも、節電でずっと使えなくしてる」
     ミオは答えた。
    「使えるようにするには?」
    「中央と連絡を取れば電気は通してもらえると思うが、長い間点検されていないのでなんとも……」
     ヤールが答える。
    「ゾンビが上がってきているのかもしれない階段を使うよりはマシですよ」
    「確かに、エレベーターホールは扉が隔ててあるからカードキー無しに入れないし構造的に
    こっちの方があわなくて済むかも……。でも、これってきっとカーソンさんも一番に考えたよね」
     ミオが言った。
     ヤールが頷く。
    「使えないのは地上のエントランスも同じだ。現在は内部からも開かないようにしてある。
    そこからの逃走は不可能だ。カーソンはアンプルを取った後、階段を使って地上に出ようとしただろうな。
    そうだとしたら、開かずにこの3エリアに戻ったのだろう。だけどカーソンが使った階段の先は降りてみないと
    どこにつながってるのか我々もわからない。行ってみるしかない。しかし彼は一体……」
     科学者のカーソン。
     寺院の謎と実験体ゾンビの正体をつなぐ唯一の人物。
     まだシェルターの中に居るだろうか?
     ミオは唐突に寒気を感じた。
     またあのぎょろりとした冷たい瞳で見下ろされたら。
    「彼女から奪うまで武器の一つも持っていなかったとしたら、この事態は彼にとっても想定外という事ですね」
     シュンリはそう言うと隠し階段の方を見た。
     ミオはそれを見てゴクリを唾を飲み込んだ。
     もしもあの先で自分たちを待ち構えていたら……?

    次のページ


     
    posted by 小説あらすじ |