• 管理者ページ
  • RSS1.0
  • Atom0.3
  • << 2ー3 寺院の謎 | TOP | 2−6 選択 >>
    2−5 再潜入
    2−5 再潜入

     梯子を降りていくと、通路の脇に水が流れる回廊へ出た。
     建物の形に沿うように水がゆっくりと流れている。
     この水が循環していくことで発電しており、非常時には飲み水にもなる。
     近年では滞る事が多く淀みが増しているが、ここが使えなくなったとしても設備の可動に支障を来す作りでは無い。
     いつも出入りしている職員用のエントランス。
     階段へ続く廊下は相変わらず薄暗い。
     三人は制御室に向かった。

     名簿の確認作業──その人物が実在するのか否か、シュンリによる記憶の照合作業を済ませる。
     もう望みは薄いが、0から3エリアに眠る全ての人間は名目上「150年前の古代人」のはずだった。
     その確認の中で冷凍睡眠以前の経歴などの個人にまつわる記録が信用ならないものである可能性もより濃厚になった。
     シュンリ曰く0エリアに居る名前の人物以外、記憶にヒットしないとの事。
     3エリアの科学者カーソンは実在したが、結局開けてみないとわからない。
     が、彼らには一人残らず名前と顔写真とともにごく簡単なプロフィールが添えられている。
     ミオが古代人達に多大な夢や幻想を抱くきっかけになった素材の一つだ。
     それは、ミオの父、ヤールにとっても同じだった。
    「この1エリアの、ジョン・ホワイトは? 宇宙科学の権威で、遠方へのワープ理論を検証した人物だ。
    これを利用して惑星移住計画を推進していたらしいじゃないか。今となっては夢物語だが。あなたの父である
    ロマノフ・ランドスタイナーとも親交があったと書いてある」
     ヤールが掴みかかりそうな勢いで尋ねる。
     シュンリは半ば辟易した様子で、ミオが出したお茶を一口飲むと、息をついた。
    「ワープ……そんなのあの当時ですら夢物語ですよ。あったとしても火星が限度だ。突飛な人間ではあったが
    そんな与太話、多分相手にしていません。教団の手から国営に渡されるとき、嘘を掴まされましたね」
    「そんな人物居ないということですか?」
    「さあ、居たかもしれませんよ?」
     ミオはもう何も聞きたくなかった。
     自分の「父」はすっかり焦燥仕切った表情で、それでも最後の希望にすがり付くようにしている。
     数年勉強して知ったつもりになっていた自分より、ずっと彼はショックなのだ。
     ミオは悲しくなると同時に、そんな父への様子に苛立ちも感じた。
     今は、そんな時じゃないよと胸中で呻く。
     そしてもう一つ。
     ミオは、カーソンが自分に言った言葉を思い出した。
     ここで生命に関する研究を行っていた事は間違いない。
     現在あるこのような仕組みでなく、何か別に出来る事を探っていた事も。
     おそらく、これまでにここで導き出した話のいくつかは的を得ている。
     真実なのだろう。
     いや、ヤールも幾度と無く疑っていた。
     古代人の暮らしや文化を研究する傍ら、シェルターの謎を長年追っていたではないか。
    「隠して置きたい事実はそのままに国営に戻すという事がどういう事か、わかりますか?」
     物思いはシュンリの問いで途切れた。
     血で固まった金髪を手でほぐしている。
    「根拠も何も、結局空想の話ですが。そこに寺院のセクトやさっきの緑の目の男……なんかの
    実験としてのシェルターが結びついて居たらわかりやすい。俺たちを即身仏にして解凍に反対したのも、
    研究が熟さない間、あの化け物の存在を秘密にするためで、実はヤールさんの上の代の人たち……国営に
    渡される前の寺院時代の間にそれに一枚噛んでいたとかね。そういう事っぽいと思うなあ、俺は」
     シュンリはおもしろげに話した。

     ヤールは壁を叩いて項垂れた。
    「にしても滑稽だ。夢と絶望。どちらもこのシェルターには眠っていません。全員なんてことない。
    単なる親父の会社の重鎮やらだ。だって、冷凍睡眠は長くて10年の予定だった。ノアの箱船か何かと
    思っていたなら、がっかりですよね」

     シュンリは笑っていた。
     ミオにとっても、それは奇妙な光景だった。
     彼は今朝まで自分の部屋で、穏やかな表情で眠っていたではないか。
     それが、心からおかしいといったように笑っている。
     やけになっているとしても、出会いからこの瞬間に至るまで殆ど表情を崩さなかった様子をみてきたミオに
    してみれば奇妙としかいえなかった。

    「がっかりなんかじゃないよ……」

     恐れながら呟く。
    「古代人は私だけじゃない。今やみんなの希望だよ」
     シュンリはもうさっきまでの表情に戻っていた。
    「さっき地上で会った女性もそんな事を言っていました。この時代の人間の繁殖力が落ちているからでしょう。
    それなら、希望を寄せる価値は十分あるかもしれないですね。ただ俺は」
    「うん、わかってる。友達や恋人を助けることが先だよね。こんなの私たちの勝手な事情だもん」
     ミオは少し笑った。
    「行こうシュンリ。とりあえず名前が確認出来た男の人からアンプルを打っていこう」
     ヤールも頷いた。

     寝台の扉は手動で簡単に開くようになっていた。
     扉が開けられると自動的に中のベッドがスライドしてくる仕組みになっており、ひんやりとした冷気とともに
    白い肌着を身につけた男が現れた。
    「この人は、ジャン・スピノラさんで合ってる?」
    「ええ……。こうして見ると死体みたいで気持ち悪いけど」
    「あなたも最初はこのくらい青白かったよっ」
     ヤールは男の肌に手を当てた。
    「いや、冷たすぎる……。シュンリの時はもう少し体温があった」
    「脈も駄目ですね」
     シュンリも腕を取り言った。
    「ま、待ってよ。ちゃんと確かめた? 手首の動脈に触るんだよ」
     ミオが男の脈を見る。
     拍動は感じられない。
    「そんな……」
     後ずさるミオを横目にシュンリは隣の寝台を開けた。
    「こっちはトマス・モア。確か妻と一緒にここに入った医者だ。下腿の細胞が溶け始めているな」
     とくに感慨もなく言いきると、シュンリは寝台を閉じた。
    「注射が間に合わなかったのか……?」
     ヤールが青ざめた顔で口を抑える。
    「そりゃあ、何人かは駄目でしょうね。本当は10年のつもりだったし、確かこのトマスという男は内臓系に
    持病があった。飲んでいた薬がこのシェルターに入る前の処置の時点でどう作用するかわからないと説明は
    してあった。自己責任ですよ」
     彼はそのまま静かに言った。
    「健康体でないとリスクが高いという事か……?」
     ヤールが消え入りそうな声で呟く。
    「さあ、あなたたちも早く生きていそうな奴を探してください。太っている奴や
    大柄な奴はそもそも高リスクだったんだ。そういう奴は死んでいる可能性も高い。
    俺は幸い健康体で小柄な方だから多分助かった。そういう奴はもしかしたら生きているかもしれない」
     シュンリはそう告げると次から次へ寝台をあけていった。
     あまりに淡白な言い方ではないだろうか。
     シュンリにとっては職場で関わりを持っていた人物だったはずだ。
     ミオは彼が生死確認するのをしばらく呆然と見ていた。
     気づいたヤールがミオの手を握る。
     手袋越しに父の手の体温を感じ、ミオは我に返った。
    「ミオ、心を無にしよう。彼が正しい。生きていそうな人間を見つけて助けなくては」
    「……うん」
     この確認作業は覚悟していたものより過酷なものだった。
     寝台を開けど死体しかみつからない。
     望みのありそうな人間からアンプルを打っていくがこれが意味のある作業とは思えなくなってくる。
    「この部屋は全滅だ」
     最後の寝台を開けたシュンリが言った。
    「隣を見よう」
     道具一式を持って隣の部屋へ移る。

     次の部屋に入り、焦りに足を縺れさせながらミオは寝台を開けた。
    「体温があるよ、この人!」
    「アンプルを打とう」
     ヤールはミオからアンプルを受け取り、位置を確認した。
     シュンリはそれを一瞥すると次々と寝台を開けていった。
    「こっちも復活しそうだ。この部屋は比較的コンディションがいいのかもしれない」
     電力不足の一件が頭をよぎる。
     この部屋には10名のスペースに対し6名の空きがあった。
     冷凍睡眠に必要なエネルギー供給に余裕があったという事だろうか。
     ミオはシュンリが始めに解凍された部屋はかなりの空きがあった事を思い出しながら冷や汗を掻く。
     これまで確認していったうちの8割は身体の一部が溶けはじめていた。
     体温も一向に戻らない者も多く、生きているかと思ったら触れただけで皮膚の一部が
    崩れてしまったり、状態は酷いものだった。
     小柄で健康と思われた若年者でさえ。
     ミオとヤールは焦っていた。
    「そろそろ女性棟へ向かいましょう」
     シュンリが言う。
    「だけどまだ、確認が……」
     振り返り作業を続けようとするミオの肩を、シュンリは強く掴んだ。
    「ヤールさんに任せます。アンプルを打つにもタイムリミットがあるかもしれない。
    早いに越したことはない。とにかく俺は、早く向かいたいんです」
     シュンリが声を強くする。
     これまで冷静だった顔つきから一変、怒りさえ滲ませている。

    (そうだ、この人は恋人を助けに来たんだ……。
    さっきからの少々無茶な行動も、それがため……)

     ミオは一層覚悟を決めた。
    「ヤールさん、行ってくる」
    「……気をつけるんだぞ、しっかりシュンリに着いていきなさい。そうだ……何かあったら内線を入れなさい。
    こちらからは連絡を入れない方がいいだろう」
    「ええ、音でゾンビを引き寄せるので」
     二人は部屋を出た。
     職員通用口からあの惨劇の食堂エリアに近づいていく。
     シュンリはヤールから受け取った拳銃を右手に持っている。
     しかし、ミオはもう足に竦みを感じていた。
     待って欲しいとは言えず、壁をつたうようにどうにか着いていく。
    「奥に俺が倒したゾンビが転がっていると思います」
    「うん……」
     自分を驚かさないために言ったんだな、と思いながらミオはクーラーボックスを肩に掛け直した。
     中は女性棟0エリアの16名分のアンプルしか入れていないので随分軽かった。
     なので自分も何か便りになる武器を持ちたい。
     ベルトについているサバイバルナイフと熊避けスプレーは役に立つのだろうか。
     いざという時に抜いて戦えるだろうか。
     スプレーならまだしも、ナイフは0距離だ。
     よろける度に肩にかけたクーラーボックスの中身が揺れる。
    「そんなようなら、やっぱりあなたは待って居ますか」
     振り返りもせず彼が言う。
    「ううん、だってシュンリ結局アンプル上手に打てなかったじゃん。あれじゃあ駄目だよ」
    「指先が奮えていたんだ。今は落ち着いている」
    「怖いんだ……?」
    「ヤールさんに無茶をすると筋肉を駄目にすると言われた。それが現れ始めているのかもしれない」
    「今朝までずっと昏睡状態だったんだよ。多分、今動けているのは薬のせいだよ。
    だって、ここを出た時と比べても、あなた、大分痩せちゃったよ。筋力も落ちているはずなのに」
     ミオは先を行くシュンリの前に回って行く手を阻んだ。
    「ねえ、どこか身体変な感じしない?」
     ミオの問いかけにシュンリは眉を寄せた。
    「あなたはゾンビと遭遇した時にどう動くか、それがイメージ出来ないんでしょう。俺は
    ゾンビが出て少々噛みつかれたとしても死ぬことはないと思っている。それに女性棟にたどり
    着いた後はヤールさんが呼んだ応援を待って籠城すればいい。それまでのエリアがゾンビだらけ
    だったとしてもそこだけはどうにか戦うんだ。乱暴な考え方かもしれませんが」
     彼の提案は予想していた以上に無計画だった。
     この場合仕方ないことはわかっているし、行くと決めたのは自分だ。
     だが、それが恐怖に現実逃避した話題をふった自分に対する返答だと思うと、ミオは情けなくなった。
    「クーラーボックス。その中身さえ守ってついてきてくれればいいんです。それ以外に何がある。
    俺は銃については初心者だ。出来ればあんたにこれは持ってほしい。どうなんですか?」
     ミオは突き出された銃にびくりとした。
    「自信無い……さっき倒したときは死に物狂いだった。それに、自分の銃だし使い慣れてた。
    当たったのはラッキーだったと思う。だから……」
     ふうん、と言って彼は引き金に指を置いたまま銃を眺めた。
    「だ、駄目だよ、打つとき意外は引き金に触っちゃ」
     ミオが慌てて言うと彼は言う通りにした。
    「この銃、何発残ってるかわかりますか? さっきので合計3発撃った事は覚えているけど」
    「なら7発だよ。そ、それでね……使うときは両手で握った方がいいかな……」
    「じゃあ、このバットはあなたに渡していいですか」
     ミオはギクリと息を飲む。
    「これは武器として正直使いにくい。殺傷力という点においては申し分はないのだが、釘の頭の部分が
    皮膚に深くめり込んで引き剥がすのに時間がかかる。多数の相手には良い武器とは言えないんです」
    「でも、私が持っていても……」
    「必要な時、俺にまわして下さい」
     シュンリはミオに釘バットを押し付けた。

     先に釘が付いているからなのだろうか、想像していたより、重い。
     銃を両手で持てと言ったのは自分自身なのだから仕方ない。
     振り回したところで自分に撃退出来るかは想像出来ない。
     そして何よりこれ以上彼に不安をぶつけた所で何の解決にもならない。
    「ゾンビがうじゃついているとしたら、それはこの先の食堂と各エリアを繋ぐ階段でしたね。
    うまく階段の方まで行けそうだったら行きましょう。食堂に溢れていたら一時厨房あたりで
    体勢を整える。それでいいですね?」
     ミオはこくこくと頷いた。
    「私もそれがいいと思う……。隠れられそうな場所とプランをいくつか作っておかないと」
    「プラン、ねえ……。基本、遭遇してもよほどの事が無い限り退避の方向で」
    「お、おっけー!」
     親指を立てて同意を示す。
     が、当然シュンリがそんな乗りに便乗するわけもなく目の前を通りすぎていく。
    「アンプルの保管場所は地下でしたね。カーソンは一度下まで降りてアンプルをとりに行ったという事か。
    保管場所はそこではないといけない理由でも? そうでなかったら大慌てであちこち探したはずでしょう」
    「うん。医療施設があるから、多分大昔から変わっていないんだと思う。アンプルは5年ごとに
    あたらしいものが解凍に備えて備蓄されていたし、……」
    「そうか。ゾンビが出てくる方向が絞られればと思ったんですが、どうもわかりませんね。後で
    各エリアの通用口は調べてみましょう」
     ふと、ミオは思い出した。
     ゾンビ達はカードキー無しには別の棟への移動は出来ないが、エリア内から食堂へ出る事だけは出来る。
     何かが原因で開放されてしまったエリアから出現していると考えれば、危険なエリアの棟に
    近づかなければ案外遭遇は少なくて住むのかもしれない。
     逆を言えば食堂が吹き溜まりになってしまうが。
     ミオは希望を持とうとした。
     そしてもう一つ。
     これでうるさくするのは終わりにしよう。
     これを聞いたらもう、後はついていくだけだ。
     ミオはそう思って息を吸い込んだ。
    「待って」
    「まだ何か?」
     少々眉を寄せ、シュンリが振り返る。

    「恋人の名前なんて言うのっ?」

     聞く。

    「ミン」

    「ミンさん……。あ、オーロ(金髪金目)の……! あの、とっても美人の!」
    「ああ、美人なだけの駄目女なんだ。早く行ってやらないと」
     コーデリテに昔あったという博物館のキュレーター。
     ミオは昔から彼女に親近感を感じていた。
     絵画や骨董品。
     価値のある古く貴重なものがまだ大切に残されていた時代。
     それを守り受け継いでいこうという感覚は、テトゥルシェルターを守ってきた自分と通じる物がある気がしていた。
     その人が彼の救いたい人なのだ。
     ミオは少し笑った。
    「シュンリが昔と変わらない状態って事は古代人は手つかずである可能性は高いって事だし、生きてるよミンさん!」
     思い切って言ってみる。
     彼は振り向かず「そうであってほしい」と答えた。

     

    次のページ


     
    posted by 小説あらすじ |