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    2-4 ジラジラ
    2-4 ジラジラ

     シュンリは彼女が取り出した見取り図に目を移し、0エリア女性棟の位置をもう一度確認した。
     この階と比較しても、最も冷凍睡眠のための設備増設が多いエリアだ。
     その分ゾンビが氷づけにされている確率、遭遇率も高くなる……。

    「アンプルは俺の時代に確実に居た人間優先で、いいですね? 他はゾンビの可能性もあるから」
     ミオの顔を見る。
     少し柔らかい表情を作って見せると、彼女はまたしても固まってしまった。
     だが、すぐに潤んだ瞳で真っ直ぐにシュンリの方を見据えてきた。
    「そうしよ」
     か細く震えた声ではあったが、どこか覚悟の混ざったものだった。
     このくらいの少女には、どこか読めない、どんな行動に至るかわからない危うさがある。
     誰かに尽くそうと身をやつす。
     ためらいも、疑問も感じる前に。
     彼女も例外なくそういう部類なのだろう。
     実際、冷凍睡眠を解かれた後の自分を介抱していたのは彼女のようだった。
     シュンリはそう思いながら、もう一度少女を観察した。
     自分に向けられている様々な感情のうち、一番強く感じているのは恐怖だ。
     それが占める前までに強かっただろう想いには簡単に想像がつく。
     ありがたいことに、彼女は状況を読んでいないわけではない。
     今まで見知ってきた少女の中では割と冷静な方だ。
     少なくとも手負いの学者よりは上手く取り入る事が出来るだろう。

    「さあ、行きますよ」

     隠し階段を降りた先には先刻始めてゾンビと出会った時に感じた異様な臭気が漂っていた。
     壁のスイッチを押すと白熱灯がぼんやりと灯った。
    「この部屋知ってる?」
     ミオが興味深げにヤールを覗き込む。
     ヤールは答えない。
     そこは数々の機材や水槽に埋め尽くされた狭いスペースだった。
     頑丈なコンクリートで作られた壁には所々染みがある。
     水槽の中を覗き込むと、底に乾燥した植物の束が落ちていた。
     露草の形状がよく保たれている。
     何年前のものかは検討がつかないが、保存状態は最高だ。
    「ジラジラです。この部屋では麻薬の研究でもしていたのではないか。今では禁止だが、50年
    ぐらい昔は規制が無かったので一般の寺院でもよく出回っていたと言われてる」
     ヤールが言った。
    「そういえば、これの効能は?」
     シュンリが尋ねる。
    「中枢神経を麻痺させるものだ。人によっては逆……高まったり共感覚を得られる事がある。
    だが、続けると脱抑制を起こして自制の効かない人間になると言われていたそうだ。現代人には
    害をなさないものだが、そういった過去があるので今では使われていない。体内に取り込まれると
    ある種の毒が生成される事もあった。おそらくあのゾンビ達から香っていたのはそれだ。
    過去には修行の一端として用いられていたらしい」
     シュンリはジラジラの束を指ですり潰し香りを嗅いでみた。
     どこにでもある香木の香りだ。
     当時の事がふと蘇る。
     終末論に翻弄された多くの人々が最後に目指したのは、シェルターではなく極寒の山で死ぬ事だった。
     それが美しい事ともてはやされる流れには目を見張るものがあった。
     全ての人がそんな考え方に染まってしまったわけではないにせよ彼らの向後の選択に大きな影響を
    及ぼした事は言うまでもない。
     そして……あの時代の生き残りが作り出した新しい動きと価値観。
     入山しなかった者たちは、その者たちなりに生き方を探そうとした。
     その流れに生まれた新しい「麻薬」。
     こんな草切れがきっかけで、人間社会がそうまで変わっていったのだろうか。
    「あのゾンビ達は麻薬の効果が得られた50年くらい前に氷づけにされた生物なのだろうか……」
     ヤールが呟く。
    「かもしれません。だけどゾンビが修行をする理由は無い……。まあなんでもいい。進みましょう」
     彼は束をポケットにねじり込んだ。
    「それをどうする気ですか。古代人にとっては毒ですよ!」
     ヤールが慌てて言う。
    「キルンから貰った煙草よりまずいのかな」
     シュンリはわざとらしく笑った。
    「うまくいけばこのジラジラでゾンビ達を骨抜きに出来るんじゃないですか。
    持っていきます。さあ、もうここには用は無い」
    「だが、ここには他に何か……」
     ヤールの制止を振りきり、シュンリはあたりの機器類を避けながら進んで行った。
    「有力な証拠的はそれ以上残っていない気がします。俺が秘密を抱えていたら真っ先にこんな場所処分する。
    このジラジラだって標本のような扱いだ。後でゆっくり考えましょう。大体の年代が推測出来そうじゃないですか」
     シュンリは側に置かれていた電子レンジの蓋を開けた。
     中には記録媒体と思われるディスクが入っていた。
    「カーソンがやったわけではなく、ここが国に渡る時に破棄されたものじゃないですか? 中身はひえている。
    確かに慌てた印象があるので細かく見ていけば証拠的なものは見つかるかもしれませんが……」
    「国は一体何を隠していたんだ……」
     ヤールが呆れて呟く。
     シュンリの視線の先にはどこへ繋がるかもしれない扉があった。
     彼は勢いよく戸を開け、バットを突き出した。
     何が現れるわけでもなく、その先は狭く長い階段が上方へ突き抜けているだけだった。
    「地上に出られそうですね……」
     ミオとヤールは安堵の息をついた。



    「頑張ってヤールさん」
     ミオは足を負傷したヤールをかばいながら、不格好な姿勢で狭い階段を窮屈にあがっていった。
    「ヤールさん。地上へ出られたらカーソンという人物を探すよう、電話で連絡してください。ついでに
    エレベーターや他の系統へ通電するように掛け合ってください」
     シュンリが言う。
    「わかりました……」
     ヤールが唾を飲む音をミオは聞いた。
     彼を支える身体に、震えが伝わる。
     どうして、そんなに震えるのだろう。
     ミオの疑問も、戸を開けた先から差し込む光のまぶしさに消え失せた。
     焦がすように西日が照りつける。
     猛烈な安堵。
     ミオは思わず綻んだ。
     そこは巨大な室外機が設置された屋上になっていた。
     すぐ隣にさっきまで居た植物園のガラスの天井が見える。
     長い間雨ざらしにされたコンクリの地面はひび割れており、割れ目のあちこちから雑草が生えていた。
     びゅうびゅう風が吹き、オレンジ色に染まり始めている頭上の雲を押し流している。
     ヤールは携帯電話を取り出し、言われたように電話を掛けた。
    「こんな風につながっているなんて知らなかった」
     ミオはシュンリの側に立ったまままわりを見回した。
    「あ、梯子があるね。ヤールさん降りられるかな……」
    「静かに……」
     シュンリがミオの口元に指を立てる。
    「ヤールさん、いったん電話を置いてください。音が聞こえませんか?」
     三人は耳を澄ませた。
     キイキイと風に押され錆びたような音を出す巨大なファン。
     海の波音、穏やかな風に揺れる木々の梢。
     その中に先ほどまでは止んでいた機械の稼働音があった。
    「なんだろう……さっきまであれだけ静かだったのに」
    「もう通電が出来たんですか?」
     シュンリが聞く。
    「いや、その処理には少し時間がかかるそうだ。……底の方から聞こえるように思う。長年ここに居るが初めて聞く音だ」
     ヤールが答える。
     ごとごとと微妙な振動を伴いながら規則正しくモーターが回転する音が聞こえる。
    「気持ち悪いね……」
     ミオが言う。
     その時、エンジン音が響いた。
    「……うそ!」
     ミオが目を見開く。
    「この音……私のスクーター!」
     ミオは声を上げ、梯子の方まで走った。
     黄色いスクーターに跨る黒髪の男。
     男がゆっくりと振り向きこちらを見る。
    「あいつか……」
     すぐ駆けつけていたシュンリはカーソンを睨みつけ低く呟いた。
     カーソンは驚きの表情をして、彼を見て何かを呟いている。
     シュンリはゆっくりと拳銃を取り出した。
    「うそっ」
     驚愕するミオを横目にシュンリは拳銃の撃鉄を上げ、手摺り部分に台尻を置いた。
     固定して狙うつもりなのかと思った時には銃声が轟いていた。
     カーソンが目を見開く。
     銃弾はカーソンの足元の土を削って土埃を立てている。
     シュンリは舌打ちをして再びスライドを引いた。
    「やめなよシュンリ!」
     ミオが彼の腕を掴む。
    「タイヤを狙ったんだ。次の一発で誤差を修正する」
    「当たったら大変だよっ。せめて予告してから撃とうよ!」
     と、乾いた音と共に近くでコンクリの破片が飛び散る。
     自分の銃の音だとミオはすぐにわかった。
     さっき奪われた銃をカーソンが使っているのだ。
    「何をやっているんですか! 危ない、伏せてください!」
     足を引きずりながら駆けつけたヤールが二人の頭を抑え屈ませる。
     二発目の代わりに急発進するスクーターのエンジン音が聞こえた。
     その音は次第に遠ざかっていった。
    「旧国道沿いの道を通る黄色いスクーターを追いかけてくれ。海上方面の捜査も頼む。
    重要参考人が海へ逃走する事も考えられる」
     ヤールが電話に戻り口早に言う。
     ミオは自分の置かれた状況、そして自分の立場を思い出しつつ自問した。
     だが、さっき次を撃とうとした彼を止めた事は悪い事と思っていない。
     カーソンを逃すまいと撃った彼の行動も同様に。
     もしもあの場で確保が出来ていたら。
     このシェルターを巡るいくつもの謎への答えが得られていたかもしれないが。
    「この後の行動は任せます。俺は、さっきの通用口からもう一度地下へ降ります。
    追いかける手段があるのなら、あいつを追うのも手ですが」
     シュンリが言った。
    「私も行く」
     ミオは振り絞るように答えた。
    「まずは一人でも助けてあげないと。せっかく150年から目覚めたのに、死なせてしまうなんて、酷い」
    「俺も同じ意見です。だが、全員救う事はこの人数では難しい。だから俺たちの安全を考えて、怪しい1から3エリアを
    除いて0エリアで作業をします。どちらにせよ、俺は先に0エリアの女性棟へ向かいます。制御室のある男性棟0エリアは
    全く安全でしたよね。そこでの処置はヤールさんに任せようと思うのですが」
     シュンリはそれだけ言って寄りかかっていた手摺りから背を離した。
    「でも、そこに行くの、難しいと思うッ。エリアは外からはカードキーが無いと入れないけど、
    途中、下の階と繋がる大階段があるから……。あの獣ゾンビも居る。一人じゃ危ないよっ」
     ミオはシュンリの腕を掴んだ。
    「なんでもやる」
    「何を言ってる。駄目だ!」
     ヤールは血相を変え怒号をあげた。
     その声にミオの身体は一瞬びくりと動いたが、それを弾き返すようにヤールをまっすぐに見た。
    「だけど、このままシュンリを一人で行かせるなんて、出来ないでしょ!」
    「私と作業を手伝いなさい」
    「ううん、だって、向こうにたどり着けたとしても、シュンリやり方わかんないでしょ? 教えてあげなきゃ
    助けられないよ……。それに、女性棟にはシュンリの恋人が居るって事だよね?」
     彼は頷いた。
    「だってこれ……言ってみれば正しく目覚めさせてあげられなかった私たちの管理不行届きなんだよ。
    ……ここで行かなきゃ私、一生この日を後悔すると思う。そうだよ、私、どっちみち、責任を問われて、
    罰せられる。私は人造人間だから。今危ない目にあったとしても同じだよ」
    「なら女性棟へ一緒に向かうのは私だ。ミオは制御室のモニターで怪物の動きを見ていてくれ」
    「いや、それならまだ彼女の方を連れていきます」
     と、シュンリ。
    「なんだって?」
     ヤールがうわずりながら声をあげる。
    「足が悪いあなたは何かあってもすぐには動けない。それに、万が一あなたに大事があったとしたらその後彼女は
    どうなるんです。彼女の立場を守れる人間は居ないんじゃないですか」
    「だけどそれは命あっての事だ。ミオが傷つくことは……」
    「そんな事を言われてしまうとね」
     彼は苦笑した。
    「何も戦えって言ってるわけじゃありません。銃弾には限りがあるし、俺も大分疲れてしまった。
    奴等を振りきりながら女性棟へたどり着けばあとはアンプルを打っていけばいいだけでしょう。
    そんなに難しい事でしょうか」

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    posted by 小説あらすじ |