(全8章:予定) プロローグ 100人の亡霊 目覚め 一章 1.1 ミオ 1.2 人造人間 1.3 解凍 1.4 150年後 1.5 攻防 二章 2.1 科学者の行方 2.2 空論 2.3 寺院の謎 2.4 ジラジラ 三章 3.1 ミン |
2−9 実験の報酬
「大丈夫ですか副管理人さん」
「えっ」
「目も口も開いていたけど2分程度全く反応が無かった」
あちこちを血で汚した男を目の前に、一瞬で現実に引き戻される。
出来の悪い悪夢のような状況
今はそれが自分の現実だった。
「シュンリ……」
吐き気と嫌悪感が胸を襲い、冷や汗が出てくる。側に転がっているのは、ゾンビだった。
本当にゾンビだろうか。
彼らの実態は不明だがシュンリもそう呼んでいるのだからこの場はゾンビでいい。
……。
「こいつを見てください」
胃のむかつきのおさまらないミオのことなどお構いなしに、
シュンリは足元に倒れているそいつの身体を仰向けに転がした。
胸の刺傷からまだドクドクと血が流れている。
「こいつら、さっきより姿が人間に近づいている……。それともう一つ、面白いことを発見したんだ」
そういうと彼はゾンビの身体にナイフをたて、その表皮を剥いだのだ。
「なぜかこの下は人間と同じような肌になっているんですよ。で、今下まで剥いてみようとしたんだが、股間あたりの皮膚は異様に硬くて難しい。かと思えば別の奴はあっさり刃が
通ったりと個体差があるようなんです。ちなみに、その分厚い皮の下には生殖器の原型の
ようなモノが一応付いているようです」
ナイフをゾンビの目の部分に添え、シュンリは少し笑った。
「昔見た宇宙人の解剖実験みたいだ。作り物だけど、モノクロ映像なのが妙に生々しくて」
彼は何をするか予告をしなかったが、ミオは目を逸らした。
「あ、目はそこまで硬くない。ここから脳を破壊したらすぐやれるかもしれないな。それにしても手足が長い。関節技は効くようだが。動きはそこまで早くなかったな。
つかみ合った時のパワーは普通の、運動していない男程度に感じた。何らかの方法で仲間と敵を
見分けて襲ってくる。それくらいの知能はあるが、ざっと見たところ犬以下だ。だからあんたもコツさえ
わかれば倒せる。服の代わりに少々皮膚が分厚いが、こいつらの強度は人間と大差は無い……」
人間……。
ミオは身震いした。
「これからもっと人間に近いような奴が現れて……言葉を喋ったりしたら、どうすればいいの……」
「どうするも何も襲ってきたら倒す。他に何を判断するんです?」
愚問だった。
シュンリはこれまでの事で勢いがついている。
表情に全く変化は現れていないが。「だって、今の奴だって、苦しそうにしてた……し」
「見た目が人間だったら倒すのを躊躇うというわけか。なら、あなたはあなたの価値観に従えばいいんじゃないですか。俺は相手がゾンビだろうがなかろうが、自分の命を守ることに関係ないと思っています」
ミオは何も言い返さなかった。
「ヤールさんにあなたを死なせないようにとも言われているから、その時は判断してください。俺も無駄に戦って体力を消費する事は賢くないと思うので」
シュンリは見つけた布で手を拭きながらしゃがみ込んだ。先ほどのゾンビを観察している。
「恐怖は、生きていく上で大切な反応だ。未知な物は怖い。敵の事を知らないから怖いんです。だけどどの程度なのか調べることを怠らなければ、思わぬ所で役に立ったりする。
突発的な衝動や好奇心も窮地に陥ったとき知識に救われる事もあるから──……俺はそういう努力や実験が昔から好きなんです」
ミオが黙っていると彼は苦笑した。
「これだけは俺たちの約束にしておきましょう。大勢に囲まれたら、俺にナイフを回してください。バットは一見リーチもあって殺傷力も強いから使いたくもなるが、遠心力が無ければ結局大した
ダメージを与えられない、おまけに釘が肉にめり込んで駄目だ。ナイフで身体ごと体当たりした
方が威力もスピードも確実だ。それはあなたもさっき感じたでしょう。この場合、あちこち物が多くて
死角が多い。いくらのろまだからといって、四方八方から来られたらそれはもう数の暴力。やられるしかないだろう。
なのでやっぱりナイフの方がいい。1対1で距離があるならバットを選ぶ。そこは臨機応変に回してください」
「さっきのは、私に教えるためだったの?」
「あなただって生き残る確率は高い方がいいでしょう。さっきも話したけど、
俺は体力の限界です。もうあなたをかばえる自信は無いんです」
やっぱり、彼はおかしいことは言っていない。
むしろ、おかしいのはこの状況で自分以外の心配をしてしまった自分なのかもしれない。
自分の中に、まだ諦めきれない気持ちが残っている。
今日のこの日まで、冷凍睡眠者たちに思いを込めながら守ってきたのだ。
ミオは唇を噛んだ。
それを、捨てなくては生き残れない。
これまで考えたこともないような状況の中で……。
多分、次はない。
彼はもう助けてくれないだろう。
この状況下だからだ。
彼が自分やヤールと対極の性質という事はなんとなくわかる。
もし自分に彼と同じ力が備わっていたとしても、こうは動けない。だが、あくまで自分の恋人を救うための、この状況だ。
自分だって中で眠っているのがゾンビだとわかっていたならシェルターに足しげく通って目覚めを願うことなんてしなかった。
正直、もう何を信じていいのかわからない。
赤黒く染まる彼は、もはや喋るゾンビだ。
気が遠くなる。今朝まで穏やかに寝息をたてていた彼とは違うし、自分が想像で作り上げていた冷凍睡眠者たちと彼らはもう別物だ。
何を信じて何を選ぶのか。
──この先に起こることを確かめるしかないじゃない。
違う、私が怖いのは、シュンリじゃない。
今、自分はどんな顔で彼を見ているだろう。
私は 今朝の今までシュンリを大事に思っていた。
まるで作り物、陶器で出来た人形のようにきれいで、尊い存在だと。
この美しい人はどんな声で喋って、笑うのか……。
ウイスキー工場の再稼働が夢だと伝えたら、どんな風に言ってくれるだろうと……。
この想いをあてにすることは間違いだろうか。
ーーその時、硬貨が落ちる音がした。
「あ、すみません」
彼はそれを拾った。
「俺が眠っていた部屋にコインがあったので、拝借しました。困ったときに重宝するんで」
「……?」
「決めておくんです。裏が出た時の約束と、表が出た時の約束を。
ここぞという時に投げれば、進路が見えてくる」
シュンリはポケットにコインをしまった。
「あの、それって……」
ミオが言いかけた時、どこかから「チン」という音が聞こえた。
その後に戸の開閉音。
二人は音の聞こえた方向を瞬時に見た。
「エレベーターで誰かが降りて来た……?」
「人、だといいですがね」
彼はミオを改めて見下ろした。
「……俺はこの先、生き残るために、一人より二人の方がマシだと思っているけど
あなたが諦めるというのなら、カードキーは預かります」
ミオは唾を飲んだ。
蛇に睨まれたような妙な圧迫感に押されスカートのポケットに手を伸ばす。
先ほど自分はいいからと渡そうとしたのはミオ自身だ。
ぼんやりながらシュンリの話を聞いていたが、彼が語ろうとした意図はわからなかった。
この場にさえそぐわない何かしらの違和感がある。
その理由もはっきりしないうちにカードキーが渡せるのか。確めるしかない。
もともとは夢だ。
夢のために。
自分が生きて、かなえるためだ。
「この後も私は生きていたい。みんなでピクニックも行きたいしキャンプファイアーもしたい。ウイスキー工場を再稼働させるのが、私の夢なの」
ミオは立ち上がった。
──ミオが静かな怒気を上げたその時だった。
内線が設置された場所へ続く進路から、ぬっと影が現れた。
人型ゾンビだ。
照明の下まで、のたのた歩いてくると、その姿がくっきりと目にとれた。
生気を失った土色の肌に、まるで彫刻像のような筋肉質な身体。
その姿は昏睡状態の間に痩せて衰えてしまう前のシュンリと心なしか似ていた。
だが、顔の部分はまるで分厚い仮面のような──皮膚が剥がれたかのような赤い肉が露出して、他のゾンビと同様醜かった。
「他のと体格が違う……こいつら、もしかしてエレベーターで降りてきたの?」「……違う。あいつはさっき一瞬見えたリーダーみたいなやつだ。降りてきた奴が居るとするなら
あいつとは別だと思います」
シュンリが答える。
「降りてきたのは人間かもしれないよね! 目を覚ました人かもしれないし、
トコリから助けが来たのかも!」
ミオは自分でもおかしなテンションになっている事を自覚しつつも希望が沸きあがるのを感じた。
まるで根拠は無いが、そう思うことでしか気力が保てそうに無いのだ。
シュンリにとっても自分が気弱になってヘナヘナになられるよりはマシだろう。
「しかしこいつはこれまでの奴と比べると少し賢そうだ。まわりに他のゾンビは見えない。なら一発で倒さないと」
シュンリはバットを構えた。
しかし、相手はこちらの様子をうかがうばかりでなかなか襲ってこない。
去就に迷っていてもしかたがない。こちらには時間が無いのだから。
シュンリは走り出した。
それに反応して、ゾンビがゆっくりとしゃがみこむ。
「そんな!」
ミオは思わず叫んだ。
シュンリが釘バットをスイングした時にはゾンビの姿は無かった。
発達した筋。
それをバネに高く飛び跳ねたのだ。
しなやかに空中で身を翻し天井の梁に両足を付き、槍のように突っ込んでいく。
シュンリはすぐさま上を見上げるとバットを捨て飛びのいた。
ゾンビは軽々と着地し、体勢を整え彼に迫っていく。
人間を遥かにしのぐ筋力。
バットを持ったまま襲われたら押し返されて傷を追う、その判断だったのだろうが丸腰で太刀打ちできる相手ではない。
今までのやつとは明らかに違う。
すぐに掴み合いがはじまった。
が、力の差は歴然だった。
シュンリはネコのように首を捕まれコンテナに身体を打ち付けられた。
倉庫全体に衝撃音が響く。
いくらなんでもひとたまりのない一撃だ。
ゾンビはすぐさま彼に背を向け、ゆらりと向き直りミオと目線を合わせてきた。
シュンリは意識は保っていたようで、顔面に怒りを滲ませながら立ち上がった。右肩が異様に落ちている。
*
シュンリは肩の痛みに顔を歪めた。
その痛みに身に覚えがあった。脱臼の痛みだった。
一方のゾンビはというと震えるミオの前で立ち尽くしていた。
まるで隙だらけだ。
シュンリは左手に小型ナイフを握った。
肩の痛みと整わない呼吸に眩暈がする。だが、痛みが無かったらこのまま意識は薄らいでいただろう。
目眩を感じる分いくらかマシだ。
呼吸を整えている時間は無い。
最後の一撃分の酸素とエネルギーが出せればいい。幸い、彼は幼い時に利き手矯正をした後も頻繁に左手を使って生活していた。
ナイフを握るのが左手だろうと大した問題はない。
そして、狙うべきはどう見てもあそこだ。
人間と大して機構が違わないのなら。
実験の甲斐はあった。
──掴みかかって、首にナイフを突き刺す。
シュンリは深々と呼吸をした後、息を止めた。
ゆっくりと近づき首筋を狙うのだ。ミオの視界に入らないように、ゾンビの背中ぴったりに忍びっていく。
と、怯えたミオがわずかによろけた。
彼女とほんの一瞬目が合う。
彼女の紫がかった瞳が、僅かに大きくなった。
そのゆらめきとゾンビがこちらを振り返るのはほぼ同時の出来事だった。
彼女はすぐに視線を外したが、一瞬の揺らぎをゾンビは見逃さなかったのだ。
断絶していた意識の糸が再び彼へ向かって紡ぎ出される。
が、持てる力全て絞って振り下ろされたナイフは、既にゾンビの首筋に突き刺さっていた。
──浅い。凄く硬い!
ゾンビの身体は鉄の塊のように硬く、それでいてしなやかだった。このゾンビは首の部分も強化されていたのだろう。
もしもナイフが小型の物ではなく、大型のサバイバルナイフだったのなら。
もしも肩も外れてなどいなくて、両手でこのナイフが振り下ろすことが出来ていれば。
深く潜り込んだナイフはゾンビの頚動脈を破り、結果は異なっていたかもしれない。
これもさっきの実験でわかったことだが、やつらの弱点と言える頚動脈は人間よりも深い位置に
あった。
今与えた一撃では深さが足りなかったのだ。
失敗だ。
ゾンビはひと声も上げず、距離をとりながら反撃の姿勢をとった。ナイフは首筋に刺さったままだが、大した出血もダメージも与えられていない。
シュンリは指先から全ての力が抜け落ちそうになるのを堪え拳を握り直した。
もう武器はない。
関節技もあの力の前にすぐ外されるだろう。
そもそも肩が外れた状態ではどうしようもない。
かといってこの身体を武器にするしかもう道はないし考えつかない。
――いや、あるじゃないか。
人間の身体で一番力を生み出せる場所、それは顎だ。
攻撃の中心が噛みつきであるゾンビの方が余程賢かった。
自分が今までそれを、女や子供の取る手段だと思い込み選択肢に入れなかっただけの事。
生きる可能性が高い方に賭ける。
決まりだ。
──頸動脈ごと、食いちぎってやる。
次に向こうが襲ってきたら、その一撃目さえどうにか躱すか、しのげばいい。
今度は肩の関節が外れるくらいでは終わらないだろうが。
シュンリは深呼吸すると、コンテナに身体をぶつけて外れた肩を直した。思った以上の痛みに、呻く。
かくして肩は上手くはまったようだが、暫くは思うように動かせなさそうだ。
そしてなによりこのゾンビを相手に生き残れる確率は冷静に考えると、どんなに甘く見積もっても現実味がない。
ここで自分とあの少女は終わる。
彼の意識に諦めが登った時、ゾンビの視線が泳いだ。
脇に詰まれていた木箱が倒れ、箱の中から大量の瓶詰めが転がり落ちてきた。
「こっち!」
ミオだ。
ミオはシュンリの手を取ると走り出した。
「ここ、一番古い物資が置いてある区画で、木が脆くなっていて、手前から突けば、そっちに倒れると思ったの」
息を切らし短く区切りながら彼女が言う。
「あ、あそこ!」
重厚な鉄の扉の横にカードリーダーの緑色の光が点灯しているのが見える。
あと20メートル。
背後から咆哮が聞こえた。
「来てる!?」
ミオが叫ぶ。
シュンリは後ろを振り返った。確認するまでもなかった。
ゾンビは瓶詰を誇りのように振り払い、追いかけてきている。
あと10メートル。
悪夢のような距離。
天井の吊り下げランプが大きく揺らめく。
ドン……。
倉庫全体に音が響く。
二人は立ち止まった。ゾンビは二人のすぐ目の前で四つん這いになっている。
瓶詰が倒れた位置から飛び上がり、頭上を飛び越え四点着地したのだ。
吊り下げランプが大きく揺れ、ストロボでもたいたようにチカチカと明滅し始めた。
まるでコマ送りのように少しずつゆっくりとゾンビが立ち上がっていく。
「何か無いか? バット以外の物……」
ミオは腰に付けていた予備のナイフを取り出し、シュンリに渡した。
「いや──。確かに、さっき教えたな、……そうなんだが、あんた、スプレーとか持っていただろ」
「ごめんなさっ……」
ミオは慌ててスプレーを差し出すが、もう遅かった。
もうゾンビはこちらに向かおうとしていた。仕方なしに攻撃の姿勢をとっていたシュンリの腕とスプレー缶がぶつかり、弾き飛ばされる。
今度はゾンビの方から向かってきていた。
シュンリはミオから受け取ったナイフを破れかぶれにゾンビに振り下ろした。
それを当然のように腕で受け止められる。その態勢のまま力に押し返され、鉄製のコンテナに身体をおしつけられていく。
シュンリの顔にじわじわとゾンビが近づいていく。もう彼に力はなかった。
シュンリが握っていたナイフはゾンビに捕まれ、彼自身の首筋にぐいぐいと動かされていく。
ナイフの腹がシュンリの首にピタリと当てられた。
そしてゾンビは力を掛けたり抜いたりと何かを確かめるように動かし始めたのだ。
これだけの力があれば、即座に首をへし折るくらい造作ない事のはず。今度はこちらが実験されている。
そう思っていたのはつかの間。
遊びに見切りをつけたように押し付ける力を強め、ナイフの柄でシュンリの首を圧迫し始めた。殺す気だ。
*
「やめてっ」
ミオは意を決する間もなく釘バットをゾンビの頭に振り下ろした。
ガイン! と、固いものに打ち付けたかのような感覚がビリビリと腕に伝わる。
ゆっくりとゾンビの顔がこちらを向く。
ゾンビはシュンリの襟元を掴み玩具のように投げ捨てた。
「あぁ、シュンリ!」
鉄製のコンテナに全身を打ち付けられ、彼のうめき声と罵る言葉が聞こえた。とりあえず、生きている。
だが問題はこちらだった。
両手で構えたバットがもう重くなってくる。
ゾンビはノタノタと近づき、そっとミオからバットを奪い地面に転がした。
そして、ゆっくりと顔を近づけてくる。
ミオは目を閉じて痛みを待った。
が、予期していた痛みとは無関係な鼻息が聞こえ始めた。
先ほど、シュンリと出会う前に遭遇した弱ゾンビと同じで、なかなか襲ってこない。
どこも触れられているわけではないが首筋あたりにゾンビの熱を感じる。
──においを嗅がれている!?
うっすらと目を開けると、ゾンビは背後に回っていた。
どうやら同じ挙動を繰り替えしているようだ。
一気に鳥肌が立ち、よろけるままに二三歩進む。
足の力を失い地面に倒れこみそうになると、ゾンビはミオの身体を介助しながら優しく座らせた。
何もしてこない。
貪るように嗅ぐでも脅かすでもなく。
まるでの赤子ような扱いだ。
凍りつきそうになっていた心の中心が、なぜか、溶けていく。
心が麻痺しているのかわからないが、唐突にそのような気持ちは失われていった。
「ごめんなさ──」
ミオがそんな事を言いかけた時、背後で影が動いた。
シュンリだった。
左手にスプレー缶を握っている。
先ほど落としてしまったスプレーは、投げ飛ばされた彼の方に転がっていた。
目潰し、それがこのゾンビを唯一足止めを喰らわせる方法だったのだ。熊用スプレーの唐辛子を多量に浴び、ゾンビは叫び声を上げた。
「このパターンは2回目なんだよ。いい加減学習しろ、バカ」
倉庫の端、扉は目の前に迫っていた。
目の前──。
それでも扉は10メートルは先にある。
シュンリはミオの手を握ると足を引きずりながら走り始めた。
彼ももうスピードは出せない。
怪我をしているし、ミオを引っ張っている。
「シュンリ、私」
「いいから走れ、アンプルもカードキーもあんたが持っているんだ」
もう私は駄目だ。
今すぐにでも足がもつれて転びそうだ。
そうなったらもう終わりだ。
「ごめん、ほんと無理です! 行きたいけどもう、足が動かないの、
ころんじゃいそう! これ、あなたに渡すねっ。頑張ってミンさんの所に行ってね!
ごめんねシュンリ!」
ミオはシュンリの手を振り払った。
肩に掛けていたクーラーボックスとカードを彼に突き出す。
シュンリは眉にしわを寄せ、一緒に歩みを止めた。
「行ってよ〜、お願い! 足がバカになっちゃった」
「いや、タラップが降りてきている。あと1メートルでいい。それに、こっちにこれれば──」
言い終わる前にシュンリの腕が伸びてきていた。
掴んだのはクーラーボックスではなくミオの肩だった。
そのまま引っ張られ、一緒になって床に倒れる。
ドカッ、グチャッ
押しつぶされたようなうめき声。
それきりあたりは静かになった。
いや、耳を済ましてみると、上空で何かが揺れているようなキイキイとした音が聞こえている。
その音だけだった。
ミオはそっと顔を上げた。
さっきのゾンビが振り子のように揺れながら空中を行ったり来たりしている……?その度に床に血の雫を落として、一本の赤い筋になっていく。
フックだ。
ゾンビがぶら下がっているものとは少し離れた位置で、他に2つのフックが同じように揺れている。
「ゾンビの……一本釣りだ。なんというか」
シュンリは平然と呟くと、重なって倒れこんでいたミオをごろんと下ろした。
ミオは倒れたはずが殆ど身体に衝撃を感じなかった事を思い出した。
シュンリがこれをやった? まさか。
何が一体どういう事か。
身体を起こしてよく見ると、理由はすぐにわかった。
ゾンビの眼球部分に大きなフックが突き刺さっている。
何らかの偶然が働き、丁度ここを通り過ぎる時にコンテナを引っ掛けるための鉄製の大きなフックが
外れてゾンビに直撃した。
そういう事なのだろうか。
「そんなラッキーあるわけ……」
ミオがシュンリに問おうと思った時には、もう彼はゾンビを見ていなかった。怒りを滲ませたような無表情……。
そんな面持ちでコンテナの上部にある中二階部分に彼は目を向けている。
そこには男が居た。
「ラッキーストライクってね」男が声を発した。
続きは執筆中
傷だらけになってきました。あと、文章にやる気ないそして、
ミオがイライラするほどヘナヘナです
要約漫画
あまりにてきとうな挿絵
次が更新されるまでここに居座ることになるだろう
2―8 海に沈んだ国道
やっぱり死にたくない。
思いとは裏腹にミオの身体は水中の中で藻掻いているようにもたついていた。
ゾンビは両手を羽のように広げミオに襲いかかってきている。
死ぬ……。
だが、数秒後ではない。
数秒で死ぬなんて事はありえない。
肉を食いちぎられ、なじられ、ボロボロにされるんだ。
長い苦しみと痛みを味わいながら……。
──嫌だ。痛いのは嫌だ。
ミオは背中に熱を感じた。
シュンリがぴったりと後ろにくっついている。
──何をしているの?
「ナイフを握りつづけて」
シュンリは耳元で低く呟くと、固まって動かなくなったミオの右手首を掴んだ。
すぐに何も持っていない左手も固定され、二人羽織の体制のまま二三歩前に進む。
目の前にはゾンビが居て、まさに自分たちを襲おうとしている。
ミオが息を飲みこもうとした時。
後ろにぴったりついていたシュンリがミオの腕を横に薙ぐように動かした。
──?
腕の先のナイフが硬い物に当たる。
その直後、ねじる様な動きの後にズブリと肉を刺す感触が伝わって来た。
目を開けると自分が握るナイフの柄と喉がぴったりとくっついたゾンビがビクビクと痙攣している様子が飛び込んできた。
シュンリがミオの腕を使って刺したのだ。
それを再利用するために、今すぐ抜く必要がある。
――ああ、やっぱり
シュンリはすぐさま引き抜くとミオの身体ごと90度方向転換した。
そこには三体目のゾンビが居た。
「やっ」
情けないか細い悲鳴が漏れる。
シュンリに振り回されながら、ミオの腕にも肉を刺し抉る感覚が流れてくる。
「はなしてっ……」
「フォークダンスか何かだと思えばいい」
ふざけたことを!
いくらなんでも、あんまりだ。
これではただの操り人形だ。
ゾンビはまだ居る。
シュンリはミオの手首を無理やり掴みなおし、突き上げるようにゾンビの胸を刺した。
普段動かない向きに関節を動かされ、ミオは鈍い痛みを感じた。
しかし、そんな痛みはすぐに上書きされた。
肉の中に沈んでいくナイフの感触。
真っ赤な鮮血の生温かさに。
「ギャアアアア」
「うわああああ」
ゾンビとミオが叫び声をあげた。
ミオの絶叫に構わず、シュンリは彼女の腕を強く制している。
「前!」
さらにそのまま2、3歩押されるままに進み隠れていたゾンビを刺す。
これで4体目だ。
もう、こんなものは見たくない。
目を閉じた瞬間、ミオは背中を突き飛ばされ──コンマ数秒後に何かとの衝突を感じた。
驚きのあまり力が抜け、顔面の緊張もゆるむ。
うっすら開けた視界の端に──……首に致命傷を負ったばかりのゾンビの姿があった。
それがもつれるように自分と一緒に傾き沈んでいく。
「あっ」
腕で守りきれず地面に顔面を打つ。
ミオはその痛みにこれまで辛うじて残っていた気力の全てを削がれた。
何が起こったのかよくわからない。
上体を起こし、彼を探す。
シュンリの息遣いと怒号、もちろんゾンビの咆哮もまだ聞こえていた。
恐る恐るそちらの方を見ると、妙な方向に首の曲がったゾンビが彼の足元に倒れた所だった。
そしてその時、ミオは彼に突き飛ばされ倒れた事を悟った。
守られたのか、それとも大掛かりな武器にされたのか。
今倒れたゾンビの他に影は無い。
そこには彼の姿しかなかった。
ミオは彼に声を掛けようとした。
が、シュンリはバットを拾い、倒れたゾンビの後頭部を殴打、新たな追撃を喰らわせていた。
どう見てもダメ押しだ。
メキメキと骨を砕くお馴染みの音、当たり前のように飛び散る脳漿と血。
もう一匹息のある者も隣で身悶ている。
シュンリはゆっくりとそちらに近づいて行った。
息をあら上げ肩で呼吸をしながら悶え苦しむゾンビの喉元を力一杯踏み潰した。
悲鳴に近い叫び声。
ダメ押しすぎる。
「やりすぎ……!」
思った以上に掠れた声しか出なかった。
声が届いたのか、彼は踏みつけるのをやめミオの方に向き直った。
服や髪に飛び散った血と脳漿が、彼をより不気味な男に仕立て上げている。
「実験は大切だと思いませんか」
シュンリは手で血糊を拭いながら起き上がれないミオに手を伸ばしてきた。
(そんな手、握れない……)
気が遠くなっていく。
ミオは今度こそ気を失った。
*
国道がまだ完全に水没する前だったから、その記憶は十年前のものということになる。
ミオはトラックの荷台から水の浸かった道路を見ていた。
側にはヤールが居て、地図に赤でチェックを入れていた。
「今は何時だ」
ヤールはそう尋ねた。
ミオは「三時四十分だよ」と答える。
言われた時刻をメモするとヤールは小さくため息をついた。
「おばあちゃんに時計の読み方を教えてもらったの」
ミオは得意気に言ったが、そこにはいつもの優しい笑顔は無かった。
「そうか」と言ったきり、ヤールは道路の先を見つめていた。
やはり、昨日の事が原因だろう。
ミオはその場に固まり、俯くしかなかった。
しばらくの沈黙のうち、風が凪いだ。
我慢が出来なくなってミオは顔を上げた。
「ヤールさん」
「なんだい」
ヤールは普段どおりの顔に戻っていた。
それが急に悲しく、申し訳なく思え、ミオの顔はどんどん熱く火照っていった。
涙が溢れていく。
「母さんが死んだのは私のせいだ」
口から零れたのは意図していたのとは全く別の言葉だった。
それでも、もう止まらなくなっていた。
「母さんが死ぬ前、酷いこと言っちゃった。それで私、喧嘩しちゃったの。
それで母さんは次の日死んじゃったの」
「母」が亡くなってしばらく経っていた。
それまで自分は何をしていたのだろう。
「働かなくては」。
昨日、ミオは自分の世話をしてくれるヤールに料理を振る舞おうとした。
そして一人で近くの山まで山菜を探しにいった。
近所のおばあちゃんと一緒に行った事を思い出しながら。
根の色の見分け方、葉のかたち。
ミオは知っていたはずだった。
だが、その中に毒草が混ざっていた。
調理に取りかかる前に台所を覗きに来たヤールが気づき事なきを得たが。
ヤールは、自分もここに来たばかりの頃はよく間違え、おばあちゃんに聞いて分別してもらったものだと
慰めてくれたのだが、もしもこれを自分たちが口にしていたらと思うと震えるようだった。
ミオはその日、目が腫れるまで泣いた。
もともとすぐに大泣きする子どもだったが、「母」が亡くなった日から不思議と涙は出ていなかったのだ。
人造人間は寿命を迎えると、その数か月前から認知機能が急激に低下し最後は動けなくなって死んでしまう。
彼らを作っている側や、この社会を維持する人間側の都合で、そうなるよう生まれながらにそのような機構が
組み込まれているためだ。
ミオは「母」と血のつながりというものがあるわけではない。
人間社会の基準に当てはめれば代理母とか、養母という位置だ。
実際彼女は自分が産んだ本当の子どもの幻影を追って、最後は手頃なサイズの枕や人形などを絶えず
抱きかかえる事で安心するようになっていた。
ミオは、そんな母とろくな関係も結べず近所にいたお婆さんや孤独な学者のヤールに愛を
求めて生きるようになっていた。
この「人造人間」というシステムにも大きな問題が生じていた。
彼らに人間同等の知能が与えられるようになったのは母の世代からだった。
しかし、その代はろくな愛情を受けて育った者が少ない。
社会の偏見や彼らの存在を低く位置づけるこれまでの習慣は根強い物があった。
役目を終えた人造人間に寿命が訪れるまでの間、新たな人造人間を育てさせるという構図があったが、
それは不完全なものだった。
彼らは人造人間の子どもを育てる代わりに住居や金銭の保証を受けられたが、愛を知らない者に子育ては不可能に近かった。
多くの人造人間達が用済みにされるのも、基本的な人格が形成されないまま育ってしまった事で社会に適応出来なかった。
子育てを放棄したり、ろくなケアをしないまま死なせてしまう。
男性人造人間はすぐさま戦地に駆り出され、その衝動性と粗暴さから進んで地雷源に突き進んで行った。
質の低い愛では、人は育たない。
そのような理由から人造人間さえ、その数は減っていったのだ。
ミオの世代から、彼らに人間と同じ知能や情が備えられている事や、人間よりもずっと短い寿命が定められている
事に意義を唱える人間達が現れ始めた。
寿命やアポトーシスの事は、現在はどうなのかわからないが、彼女、彼らを地域で守ろうとする流れが生まれ、
ミオとその「母」はヤールたちと関係を結べるようになったのだ。
そんな流れがなくとも、ヤールらは彼女らを庇護しただろうが。
ミオがそんな事情を知ったのもヤールの書斎の本や、時たま訪れる彼の教え子による話からだった。
人造人間が人間達にどこか格下に見られている事、世話になっている身分である事を知ったのもその時だった。
「母」は人造人間の中でもとりわけ短命だった。
そこに愛着関係など殆ど無かったと言っていい。
──母を失った庇護の無い者は早々に養成施設へ引き渡される。
ミオはヤール達に見放されないために必死だった。
そんな中、毒草を調理しようとしてしまった事は大きな痛手であり……守ってもらうために役割を確立
すべきだと幼いながら自覚していた彼女にとっては絶望的な失敗だった。
だが、本心は──
そんな算段──(という程の意識は無かったが)、はどうって事は無かった。
認知機能が衰えてしまった母に酷いことを言ってしまったまま別れてしまった事が何より辛かった。
一人の生命を、死に追いやってしまった。
自分は最悪だ。
母も辛かっただろう。
私がその死に目に追い討ちを掛けたのだ。
*
数十メートル先はまだ陸地が続いているように見えた。
荷台から降りて雑草でぼうぼうになりかけた道路を歩いてみる。
道が泥でぬかるんでいた。
一度ヤールの方を振り返る。
「そこから先は草がもうない。道路も泥でぐちゃぐちゃでよくわからないだろう?」
後ろからヤールが声を掛けてきた。
確かに、今まで歩いていた道のすぐ先は草は生えていないようだった。
「こっちにもどって来なさい。これからあっという間に海が来るから」
ミオは飲み込まれてしまいそうな気がして小走りでヤールの元へ戻った。
履かされていた長靴は跳ねた泥で汚れていた。
「ここはもうすぐ海の底になるから、近づいちゃ駄目だよ」
「海じゃなくて大きな水たまりだよ。それにこの長靴だったら向こうにいけそうだったよ」
「水を舐めてみなさい」
言われるままにすくった水を口に持っていくと、塩辛い海の味がした。
「海の味のする水だ」
ミオが目を白黒させると、ヤールはやっと笑った。
「この道を通るのはもう止そう。ここより上の道があるのを覚えているかい」
「蛇が出そうな、黒い地面の道?」
「あそこは比較的新しいアスファルトの道だった。一年もしないうちに草だらけになってしまったけどね。
人の手入れが無いと、人工物はすぐに駄目になる。今度からあの道を使う他無いな」
母さんと、時々通った。
道は出来立てで、アスファルトの道路は恐ろしいほど黒く艶やかだった。
人工物である事をありありと主張したその道路を、母の手を引いて歩いて行った。
舗装されていない道や、石や砂利でボコボコになった地面の感触しか知らないミオにとっては、
足に感じる固い水平は、とにかく新鮮な物のように感じたものだった。
それから何も言わず、二人で一時間ほどの時間をそこで過ごした。
風が出始めミオはヤールに肩掛けを掛けてもらった。
だんだんと水位が上がり、大きな水たまりだと思っていた水没箇所はいつの間にか湖程に広がっていた。
「ヤールさん、海が道路を飲み込んじゃった。あの水たまりは本当に海だったんだね」
「あぁ。この光景は、君にはどう映る?」
「どうって?」
「悲しいか、きれいか、どっちの感覚にちかい?」
そのどちらもだと思った。
なぜそう感じたのか当時は理由もつかなかったが。
当たりが暗くなっていくと、徐々にその感覚もぞっとするような寂しさ、恐れに変わって行った。
──こわい。
その言葉を発する前にヤールが煙草を出した。
そうだ、あの時ヤールはよく煙草を吸っていた。
「この光景はけして怖いものではないよ」
「……」
「こうやっていくつもの街や都市が海のそこに沈んでしまったが、それでも技術や知識は
途切れながらも発掘されたり継承されてきている。今はそれを目覚めさせる準備期間だと
私は考えているよ。今は技術の問題と言うより……人手不足だ。今まで人類は、生きて
数を安定させる事で手一杯だった。これからシェルターの古代人が目覚めれば、この国も
沸き立ち、文化面に目を向ける人もさらに増えていくだろう。……もちろん、おばあちゃん
のように、このまま終わりを受け入れるという考えもあって然りだ。ミオはどうなのかな」
「私は……」
──悲しくて綺麗で、なんだかやっぱり怖いよ。
幼すぎて言葉にする術を持たなかった自分にその光景は、恐怖と悲しみの混ざったモノとして刻まれた。
今でもその光景は当時と同じ感情を伴って再生される。
思えばあれは、国道が通れなくなった時のための迂回路を地図に書いていく作業だった。
それにミオはついて行ったのだろう。
悲しく美しい原体験の一つだ。
「古代人の人たちが起きたら、一緒にいろいろなものを食べて、見たり回ったりして
楽しく過ごしたいな。浜辺でキャンプファイヤーをして踊って、それからウイスキー工場の話を
するの。どうやったら美味しいウイスキーが出来るのって!」
]]>
ミオに押し込まれたエレベーターはゆっくりと下降していった。
シュンリは暗闇の中息をつきながら、貨物用のエレベーターなどに乗る事態に二度と遭遇しない事を祈った。
──いや、祈るべき事はこの場合、他にいくつもある。
先ほどまでの妙に高揚していた気分が急激に下がり、ぐっと眠気が押し寄せる。
側で少女がまだ息を切らせていた。
緊張感から一転、現在占める感覚は男の性。
少女の柔らかな胸が腕に密着していた。
ほのかな石鹸の香り。
それは目覚めた時に嗅いだ部屋のものと同じだった。
「無茶はしないで……お願い」
ミオは鼻を啜りながらしがみ付いている。
──恋人「ミン」との生活は、無臭。
何もかもが淡白になり、徐々に色も失って行った。
「あのね、私、子どもの頃これに乗って出られなくなった事があるんだ」
暗闇の中、ミオが呼吸も整わないまま話始める。
「中からボタンを押せばよかったんだけど真っ暗でわからなくて……。その時代から
シェルターの人たちは死んでいる可能性もあるって話はあった。開けてみないうちはわからない。
中で眠っている人達だって、目覚めてみるまで自分が生きているか死んでいるかわからない」
ミオは腕から離れ、ゴシゴシと目を擦った。
「男性棟の人たちはあなたの言うように殆どがたすからなかった……。
きっと、この長い時の中、蘇生不可能な状態に身体が変化したっていう瞬間があったんだよね。
その瞬間がその人たちの死って事だよね……。だけど、当の本人達は自分が死んだことなんて
気づかないし……私たちが開けて確認して始めて、それが現実になった……
その間彼らの心は、魂はどこにいたのかな。そんなものは、やっぱり無いのかな……真っ暗なこの中で色々考えて怖くなったんだ」
このような物言いには心当たりがある。
やはり、ミンだ。
ミンはよく、異母兄の影響で哲学や心の所在といった話題をよく持ちかけてきた。
まともに付き合った記憶は無い。
話そうと思えばいくらでも付き合う事は出来ただろうが、一緒に暮らし始めるようになったころから
そんな事で気をつなぎ止めようとする努力も、真の意味での興味も感じなくなった。
手に入ってしまえば、大体そんなもの。
あとは惰性。
同じ日々が繰り返されるだけだ。
と、エレベーターの減速を感じ、物思いは唐突に途切れた。
「これはどこに着くんですか」
「倉庫だよ。シェルターの一番下層に着くの。オートミールとか、缶詰が沢山ある」
「安全ですか?」
「わからない……。崩れそうな場所もあって危なくて滅多に行かないんだ」
扉が開く。
ミオに続いて降りるとそこには天井の高い、地下とは思えない空間が広がっていた。
コンテナや大量の木製の箱が山積みにされ、天井から吊るされたハロゲンランプが
頼りなさげに点滅し明るさをどうにか保っている。
長い間放置されていたのか、当たりは埃っぽく湿った木箱の匂いで満ちていた。
食料品の名前が書かれた木箱はどれも朽ち始めている。
全て備蓄だろう。
一般的なシェルターの備蓄量がどうかは知らないが、ここにあるのは相当な量だ。
至る所にフックのついたワイヤーが吊り下げられ、コンテナを出し入れしていた様子がある。
「……内線があるんだけど、確かこの先なんだよね」
と、言いながらミオは箱から一つ缶詰を取り出した。
「レンズ豆のパテ! すごい、30年前に製造されて10年前に賞味期限が切れてるみたい……。
……まだ食べられると思う? やっぱ無理かな。作ってるのは工場だし、
缶詰っていけそうなイメージがあるんだけど」
「150年前の肉が生きているんだから大丈夫でしょう」
彼がそう答えるとミオは口元に手を添え小さく笑った。
「古代人ってみんなそんな冗談を言うの? じゃあ、これ終わったらちょっと食べてみない?
お茶もあるしピクニックにいきたいな」
そうですね、と簡単に答えシュンリは山積みの木箱にもたれかかった。
薄暗い所為もあり、ますます瞼が重くなっている。
「そこ、木が腐ってるかも。あんまり押さない方がいいよ」
ミオが心配そうに覗き込んでくる。
「しんどいの? ……」
視線は合わせず、彼女の全身に目を向ける。
彼女の服にも少々血の付着があった。
だが、擦り傷以外の怪我は無さそうだ。
自分もこの返り血の割には目立った傷は無い。
彼女はとびきり器量がいいわけではないが、大きな紫がかった瞳の、どこか愛嬌のある顔をしていた。
いくつなのかはしらないが、見た目的には18そこそこといったところだ。
精神年齢を考えると印象としてはそれよりも低めだ。
そして。
先程まで密着していた豊満な胸。
不意に浮かぶ好奇心。
地上で会った女性の「モドキ」という言葉を思い出す。
ミオというこの少女の何がどう、モドキなのか。
あの口ぶりでは、現代では人造人間が沢山居るようだが皆この少女と同じような風体なのか。
あどけなさの残る顔つきは、そこらへんの少女のそれと相違は無い。
個性なのか? それとも望まれて造られたものなのか?
「私、大丈夫だよ、心配しないで。どこも怪我してないから。それより、あなたは?」
ミオは胸元を隠して照れた表情を作った。
──観察しすぎたようだ。
「手首を痛めたみたいです。さっきのゴリラゾンビに拳銃を弾かれた時だと思う……それくらいです」
「本当? 見せて」
ミオは両手でシュンリの手を取った。
「────」
そこで彼女の口から聞きなれない語が飛び出した。
思わず疑問の表情を向ける。
「ん?」
「俺の時代には無いイントネーションと単語だったので、何かと」
ミオは二回ほど瞬きをした。
「そうだったんだ。ううん、手当てするよって言ったの。そのおまじないの言葉なの」
そう言って、ミオはただシュンリの手を取った。
彼女の口調は一見乱暴に聞こえる。
だが、おそらくこれは言葉のイントネーションや略仕方のせいだ。
150年もの時の流れの中で消えた言葉や新しく生まれた言葉があるのだろう。
彼女と話をしていると、この時代では過去ほどの言語は無いのではないかと感じる。
それが彼女から感じる幼さの理由だろうか。
そうだとするなら、自分の口調は必要以上に丁寧に聞こえているかもしれない。
だが、通じないほどでもないし大きな壁になるような不便さは感じない。
ミオは時々よくわからない単語を発したが、単語の略式だろうという事は推測と文脈で補えた。
こちらもそれは同様。
言語の壁は、殆ど生じて居なかった。
山岳信仰も生き残り、基本的なコーデリテ人の気質や風土もそれほど変化は無いように思える。
むしろ文明が後退しているくらいだ。
✳
……彼女はまだ念じ続けていた。
──やれやれ、どの時代も女は変わらないな。
「もう平気ですよ」
いい加減鬱陶しくなりシュンリは腕を動かした。
ミオが顔を上げる。
ミオは真っ赤になり、両手を上げて後ろに下がった。
「ごめんっ。変な事だった? これ」
ミオは真っ赤になった顔を両手で覆った。
「いや……そういうわけではないけど、そんな事をしている場合かと」
「古代人はやらないんだね、手当て」
「はい?」
「痛い場所に別の人が手を当てて元気を送ると、痛くなくなるんだよ」
シュンリは流石に飽きれて、「はあ」と言った。
「こ、これって、古代人にとって失礼な所作なのですかな、気をつけます、ごめんなさいです」
丁寧語を使い慣れないのか、彼女は舌をもつれさせながら言った。
「長い間俺があなたの家に居たから距離を近く感じるのでしょう。気にしていません」
「え、うん……?」
そこでシュンリは話を切ろうと思った。
「あっ、あのね」
ミオが思いついたように続けた。
「私、小さい頃からあの近くに住んで居たんですけど、時々、ヤールさんとここに来ていたんだ。
調査の人たちが、みんな死んでるかもって言っても私には時々光が見えたの。だから絶対誰か
目覚めることは確信していたし、みんなに親しみを感じていたんだ。本当は直接肌に触れないと
効果は無いんだけど、装置の前で一人一人に手当てをして、元気に復活できるよう、
私の元気をあげたりしていたんだよ。シュンリがうちに来てからは、シュンリばっかりにしていたけどね。
元気をあげると、相手の痛みがじんわりと自分に伝わってくるの。それで私、きっと、余計に
馴れ馴れしくなっちゃったのかもね」
語り終わって、ミオは理解を求めてくるかのような目を向けてきた。
「そうなんですか」
「だからって、急に丁寧な感じにするのは変だよねっ……」
「普段どおりにして下さい。この時代に合わせていかないといけないのは俺の方なんだから。
それに、痛かった手も、なんだか本当に気にならなくなってきた……気がするから」
「よかった! 古代人には効かないのかとおもっちゃたよ」
彼女の物言いは迷信を信じているというより、その力がある事は当然だ、と言っているかの様子だった。
しかしどう考えてもミンが時々語っていた心がどうとかいう話以上にスピリチュアルなものだ。
現代人全員がこうなのだろうか。
げんなりしつつもシュンリは痛みが和らいでいるのを自覚した。
気休め程度にはなるのだろう。
「シュンリは、何かある? 他に変だなって思った事とか、自分の体調の話でもいいよ」
「……そうだな……」
シュンリは、今日目覚めた時に感じた感覚を思い出した。
彼女に告げた所で何もならない戯言だが。
「今、不思議な事に二つの感覚が入り混じっている。俺にとっての昨日はあなたにとって
150年前だ。だけど、本当にそんな長い年月が経ったと同時にわかる。
これは今日目が覚めてすぐに悟った事なんだけど」
「二つの感覚……?」
ミオは首を傾げた。
「ここは150年後の世界だと話を聞いて頭でわかるというわけではなく、感覚としてわかるんだ。
自分が生きていた世界で感じてきたものと180度変わったから身体がそう思い込むのかとも思ったが
そうではない。長い年月、凍っていた間も身体の機能の一部は凍らずに時を刻んで居たんだと思う。
何年も使っていないパソコンの電源を入れた時、時間が正しく表示される原理と似ている……」
「え?」
ミオが大きな目をぱちくりさせる。
伝わりにくい例えだったのだろう。
「とにかく、筆舌に尽くしがたいがそんな感覚なんです。さっき、凍っている間の心の所在みたいな話をしていたけど、
精神面では間違いなく死んでいるのと同じ状態だったと思う。意識も無意識も無い。消えていた。
肉体が復活して動けるようになったから作動し始めただけだと俺は思っています」
ミオの瞳は宝物を見つけたように丸くなった。
「それすごいと思う。ヤールさんに本を書いてもらわないと。あとは何かある?」
問われて彼は再び考える。
目覚めの光明を疑う事があった。
彼の子供時分から血眼になって物にしようと努力してきたある領域の思考について。
それについて今まで獲得してきた方法で筋道を追おうとすると、脳に高い負荷がかかる感じがあった。
導きだせなくなるわけではないし思考がまとまらなくなるわけでもない。
それがなんなのかは、漠然とした感覚としてあるだけなので、今後どういった支障を生むのかは検討がつかない。
脳の一部が、どこかしら壊れてしまったのだろうという予感を感じてはいる。
それ故に、代償が起きているのか。
先ほどから頭を擡げる不調とも言い難い、「予感」。
──この状況にはなんの足しにもならない。
シュンリは一通り考え、「眠気くらいです」と答えた。
眠気。
そう、一番の問題は眠気についてだ。
今までに感じたことのない類の眠気。
身体を動かしている間は平気だが、一度止まると瞼が降りてくる。
この瞬間も。
「そうだよね、急に動いて疲れてるよね」
ミオは心配そうな、申し訳なさそうな顔をした。
それを見て、彼は思った。
人間だろうが愛玩具だろうが関係ない。
それがゾンビだろうとも。
武器を持った自分と、ゾンビ。
時が流れようとも、人類はそう変わらない。
人間らしさは姿形により決められるものではない。
「それ」は、生まれたときに殆どの人間に標準装備されている。
可視化出来ない心の機能により決まるのだ。
個性でも造られたものだとしても、彼女には「ある」ことが簡単に分かる。
──全く、面の皮一枚だ。
「あっちはビスケットの缶が沢山あるよ。国のものだから、基本私たちは手を出せないんだけどね……でも賞味期限切れてるし……」
少し歩くと右手にセンターラインの引かれた通路が現れた。
通路の先は倉庫の壁へと続いている。
こうして見るとかなり奥行きがあり広い。
コンテナの中の殆どは空だと言うが、改めてその計画が長期的なものだったという事を感じる。
もちろん、150年前の時点でも冷凍睡眠後にしばらくそこで生活をする事を見越して倉庫は存在したが、
ここまでの容量では無かった。
一度崩して建て増し建て増しやってきたのだろう。
戦争はそれほど長期化したのだ。
どうやら、自分たちが降りてきた貨物用のエレベーターは倉庫の端の角にあったらしい。
少し歩いていくと、これまでと違った見通しの良い通路が現れた。
機材やコンテナを通すためなのだろうが、その通路には5メートル程度の幅があった。
道の左右にコンテナや木箱が殆どが並べられ、どの荷物も高さは一定に揃えられている。
その通路には所々脇道があり、物資の区画整理がされている様子だった。
「そっちの脇道は、行き止まりですか?」
ミオに確認する。
「行き止まりのところもあれば、またこの中央に通じている所もあったと思う。どうする?」
「行き止まりで大勢に追い詰められたら流石になぶり殺しにされるだろう」
「……私、わからない……」
「じゃあ、この目立つ通路を突っ切るしかないな。もしくは、上に登れたらいいんですが」
倉庫には左右に中二階の簡単な足場が付いていた。
見通しがきかない上にあちこち路地がある倉庫内は、万が一ゾンビ達が入り込んでいたら危険だ。
それよりかは少々目立ってもあそこを全力で突っ切る方が安全に思える。
「私もそれがいいと思う。たしか、そこからならミンさん達が眠っているエリアに行ける」
「そうか。なら、やっぱりここを通るしかないか……」
コンテナの影から動く者が現れた。
あさぐろい肌。
人型「ゾンビ」だ。
襲ってくるでもなくじっとこちらの様子を観察している。
談話をしつつも周囲への警戒は怠っていた訳ではなかった。
だが、向こうはとっくにこちらに気づいた上で見つからないよう様子を窺っていたのかもしれない。
いつでも襲ってこれたというわけだ。
なぜそれをしなかったのか。
そばにいたミオが驚いて後ずさりする。
ゾンビが動いたのはその時だった。
相手の力量をはかる観察対象から、弱いとみて攻撃対象に変わった。
その空気のような相手の挙動の変化を本能で感じる程度に自分も「動物」だ。
敵意が無いと言うことを示すことは出来ない。
自分たちにはこの一本道を突き進むしかないのだから。
シュンリはバットを構え、相手を見据えた。
「また、戦うの……?」
ミオが言いすくむ。
ゾンビは僅かに身を屈めた姿勢のまま、シュンリの方を見ている。
視線はこちらだが、目は合っていない。
──何を見ている?
こちらを窺っていたゾンビの視線がミオへ移った。
襲う方を選んでいるのか。
すると、荷物の影からさらに2体の人型ゾンビが現れ、何やら彼らと目配せを始めた。
リーダー格のようなゾンビが後ろに下がると、一番小柄な者がのたのたと前へ出てきた。
甘く見られた物だが、奴等はやる気だ。
視線を正面に保ったままミオに聞く。
「副管理人さん、ちょっと出口からは遠のくが、さっきの場所まであいつらを誘いましょう。
あそこにはゾンビは居なかったし狭い通路なら、一匹ずつ相手に出来るから」
一体のゾンビが走り迫ってくる。
狙いはミオの方だ。
彼女の返事を聞き終わる前に、シュンリは動いていた。
*
一体目の敵は釘バットのスイングを受け簡単に倒れた。
釘部分がゾンビの腹に食い込んだまま抜けない。
狙わないように気をつけていたのだが。
シュンリはやむなくバットを捨てると2体目のゾンビに向きを変えた。
相手の腕を取り後ろ手に締め、そのまま体重をかけて押し倒す。
そのまま首を締め上げると意外な程あっけなく骨が折れる感触が伝わってきた。
手加減の力加減のほんの先に、生命の終わりがあったという事を改めて実感する。
が、そんな感慨も一瞬のうちに冷めやり、シュンリは立ち上がった。
ゾンビの力は大したことが無いのだと、わかってしまった。
力の程度より、弱さの要となるのがその力の使い方だ。
安物の、機能が限られたロボットのように単調なのだ。
あのゴリラゾンビのような圧倒的なパワーがあれば別だっただろうが。
「リーダーが出てこないな……」
彼は辺りを見まわし呟く。
辺りに影は無かった。
シュンリは腹に釘バットの刺さったままのゾンビに歩み寄り少し屈んだ。
そいつにはまだ息がある。
「何をするの……?」
ミオが足を内股に震えさせながら後退する。
「回りを監視しておいて下さい。もう一匹居るはずです」
シュンリはバットを取り出そうと刺さったバットをねじくり回した。
その度にドロッとした液体が溢れ、ゾンビは悲鳴を上げた。
ミオが口を抑える。
「抜けないなあ……」
シュンリはゾンビの腹を片足で踏み、バットから無理やり引き剥がすと息もつかず振り下ろしとどめをさした。
血飛沫があたり一面を汚す。
「しかしここにもゾンビが居るとは。ここに来る方法はいくつありますか?」
が、ミオからの返答はなかった。
「副管理人さん……」
「……え、何か言った?」
「ゾンビはどうやってここに来たのか聞きました」
問われ彼女が考えはじめる。
「エレベーターも階段もカードキーが無いと使えないはず……だからわからない」
「そのどちらかを使うしかない。俺たちも同じだ」
「でも私……」
彼女の顔は怯えきっていた。
シュンリは苦笑した。
「あなたはこんな生物を生み出すに至った人間側の事情以上に、俺が怖いんでしょう」
ミオは青ざめたまま首を横に振った。
「違うよシュンリ……。シュンリの事は怖くないよっ。だから、私が無理そうだと思ったら、
私なんて捨てていいから……。大事なのはあなたとミンさん達が助かることだから……。私みたいなのは
吐き捨てるほど居る……。でも、あなたは一人しか居ないから死んじゃ駄目……」
ミオは声を震わせ言った。
そして悟る。
彼女が「モドキ」と呼ばれる理由を。
ミオはポケットからいそいそとカードキーを出し、シュンリに差し出した。
差し出す手は震えていた。
「あなたが持っていた方が、いいんじゃないかな……」
カードキーを受け取りかけた時、前方の影が動いた。
息を吐きながらシュンリは立ち上がった。
前方、後方から2体ずつゾンビ達が歩み寄ってきている。
「後ろにも居る、諦めるくらいなら一匹くらい任せますよ。スプレーもまだ使えるでしょう」
背後に揺れる影。
ミオがゆっくり振り返えると、近くに浅黒い顔が迫っているところだった。
「うっ」
ミオは腰からナイフを出し、構えの姿勢をとった。
それに怯むこと無くゾンビは近寄ってくる。
]]>
*
携帯電話のバックライトが光った。
音が出ないよう設定を変えていたのだ。
そうだ、この中にはヤールが居る。
ミオは慌てて取り落とさないよう気を付けて電話をとった。
『今大丈夫か?』
「大丈夫じゃないっ。ゾンビが厨房のシャッターを破ってこっちにこようとしているの! どうすればいい?」
『落ち着くんだ、施設内の通電が済んだ。貨物用のエレベーターがある。それで降りて倉庫に退避しなさい』
ミオは周りを見渡した。
「どこっ」
『黄色いランプが点灯している。昔いじけて隠れていた事があったろう、そこだ』
シャッターからゾンビの浅黒い腕がいくつも伸び、メキメキとスペースを押し広げていく。
ミオはもつれる足を踏ん張りながら厨房を走った。
『あれ以来、簡単に入れないよう物で塞いである。二人なら乗れるかもしれない』
「わかった」
『落ち着いたら内線をかけてくれ。倉庫は電波が届かないかもしれないから』
ミオは携帯電話にキスをして、腰のカラビナに取り付けた。
母と喧嘩をする度、シェルターの植物園で時間を潰したものだった。
ミオは植物園で本を読んだり、シェルターを探検する事が昔から大好きだった。
今でこそ一晩中シェルターで過ごすこともあるが、当時は夜の山道は通ってはいけない約束をしていたので
夕方頃には建物の外に出て、いつも迎えにきてくれるヤールを待つ事になっていた。
その時には怒りも収まり……、母にいたっては喧嘩になった事さえ忘れていた。
ミオにとってはそれがまた、腹立たしく悲しくもあった。
思えばあの時、母はもう、耄碌していた。
いろいろな事が悲しく、寂しかったのだと思う。
今は後悔している。
母が居るうちに、もっと優しくしてあげればよかった。
いじけて心配をかけてしまおうだなんて、間違っていた。
ミオは壁を塞ぐ荷物を押していった。
当時のイメージより小さいが、滑車ごと入るタイプの物のようだった。
側に台車も放置してある。
「シュンリ、こっちに来て!」
耐重量120キロ。
彼が見た目どおりなら多分大丈夫だ。
ミオはボタンを押した。